2010年 12月 01日
高倉神社(3)草薙の剣を取り戻して造られた7振りの剣を合せて八剣神社とも呼ばれていた
高倉神社(3)
草薙の剣を取り戻して造られた7振りの剣を合せて
江戸時代までは八剣神社とも呼ばれていた
露天の遥拝所
さて、もう少しこの土地が知りたいな…そう思いながら駐車場に戻りました。
そこから見えた景色です。

鳥居の正面に、(1)で紹介した神奈備山がどんぴしゃり。
この鳥居がまるで山へ向かう参道のようにも見えます。
三輪山にそっくりだなあ。
そう思いながら神社を後にして広い道に戻ると、斜め右に白い鳥居が見えました。
もしや、まさか…念の為に車を近付けると、高倉宮と書いてありました。
ここは神奈備山の遥拝所?
長方形の敷地だけで、周りは大木が囲んでいます。

奥の方には何やら祭壇石のようなものが三つ見えます。

近づいて見ました。しっかりと石で作られています。
誰かが祈ったのでしょう。新しい丸い石が置かれていました。
ふと、この高倉宮の女神・莬夫羅媛(つぶらひめ)のつぶらは
丸いという意味だという事を思い出しました。
「つぶらな瞳」という言葉で今なお残っています。
位置関係からすると、やはり先ほどの神奈備山を向いています。
大木があって、直接見る事は出来ません。
伊賀彦はこの高倉宮の初代神主として祀られています。
この地に金採掘の技術をもたらしたとしても、まずはその地の神を奉斎し、
金属の神々を祀ったはずで、ここがその場所なのかも…と想像しました。
今でも、おまつりのときにはここで祭儀があっているのかな。
また、別の機会に神社にお尋ねする事にしましょう。
草薙剣が取り戻された
町誌を見るとその地の人しか書けない情報が書いてあります。
この高倉神社はかつて八剣神社と呼ばれていた事が分かりました。
天智天皇のころ、新羅国の沙門(僧)道行という者が、尾張の国熱田宮に祀られていた草薙剣を盗み取って、逃げようとした。筑前博多まで逃げたものの、ここで取り押さえられた。このとき奪い返した神剣を送り返すまでの間は、再び盗まれるようなことがあってはという配慮から、高倉神社が清浄で、とくに堅固な土地だからということで、剣はこの神殿に安置された。それとともに鍛冶工に命じて神剣と同じ剣を七振り作らせ、神社に別殿を建てて、八剣を納めた。そのため高倉神社のことを、八剣宮ともいったと書かれている。 (岡垣町誌)
あれ、ここにも草薙剣の盗難事件が書いてある。
以前紹介した鞍手郡の八剣神社や古物神社とほとんど同じ内容ですね。
やはり、本州から九州へは船に乗らないといけないので、
この辺りに関所があったのでしょう。恵蘇神社でも書いたように、
ここも名乗りを上げないといけなかったのかも知れません。
道行はこの遠賀川流域で捉えられたのですね。
新しい情報としては、「草薙剣と同じ剣を七振り作らせた」とあります。
これが八剣(やつるぎ)の謂われでした。
地元に剣を作る技術があったのがこれでも分かります。
草薙剣って、鉄製かな…。
わざわざ別殿を立てて、八本の草薙剣が並んで置かれたようすは
壮観だったでしょうね。
物部氏とタカクラジと神武天皇
「ここは物部二十五部人のうちの嶋戸物部の居在地と見られ、」(奥野正男氏)
祭神の大倉主は「島門物部の奉斎する神が大倉主であった」(谷川健一氏)。
また高倉でタカクラジと読むことが出来る事から、
神武紀との関わりも示唆されています。(神武天皇はすぐ近くに滞在しました。)
この地は古墳がとても多く、かなりの出土品があるそうです。
まだ未公開のようですが、日本書紀と地名が一致する土地なので、
これからの公開が待たれます。


左の丘の中腹に本殿はあります。
楠や杉・桜・銀杏の巨大な古木に癒されます。
高倉神社公式ホームページ
http://www.takakura-jinjya.com/
草薙剣の伝承を辿るコース
古物神社⇒八剣神社
気が向いたら、ポチっと応援してくださいね。
にほんブログ村








