2010年 12月 13日
天照神社(1)ついにニギハヤヒの宮へ行きました!
天照神社(1)
てんしょうじんじゃ
旧福岡県鞍手郡宮田町磯光字儀長
現 宮若市
ついにニギハヤヒの宮へ行きました
祭神は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。
(あまてる・くにてるひこ・あめのほあかり・くしたま・にぎはやひのみこと)
古代史を紐解くと必ず登場する「ニギハヤヒ」。
それを祀る神社があるというので行って来ました。
古代史ファンの心を掴むニギハヤヒっていったいどんな存在なのだろう。
前々回紹介した高倉神社は遠賀川が海へ注ぐ辺りにありました。
その遠賀川を上流に遡っていくと、右手に物部氏の本貫地である鞍手が見えて来ます。
八剣神社や古物神社、六嶽神社などを紹介しましたね。
そこの神奈備山・六ケ岳の南側に入りこむ支流をさらに遡ると
目指す天照神社が見えて来ます。
まるで川に浮かんだ島のように神社の杜がこんもりと見えました。
「あれじゃない?」
民家が神社を中心に集まったような川沿いの集落の中にありました。

折しも銀杏の絨毯が境内を埋め尽くしていました。
小さな太鼓橋の上を子供がすべりながら落ち葉を集めています。

狛犬の周りは黄葉で輝いていました。

なんと美しい日に来たのだろう。
この日でないと出会えなかった光景。
でも、曇り空の為に今日の写真の色は暗くて残念です。

このお宮は珍しく平地にありました。石段はこれだけです。
重厚な趣と楠の巨木。七五三の赤い旗が華やかです。

拝殿です。御祭神は
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
八幡大神、春日大神、応神天皇、天児屋根命
この祭神を見ただけでも、いくつもの謎が…。
今日こうしてお参り出来た事に感謝して、少しずつ紐解いて行きましょう。
神社の由来が看板に書かれていました。
犬鳴川右岸の宮田町磯光(いそみつ)に鎮守する天照神社は、
古代から中世に栄えた粥田荘(かいたのしょう)の惣社(そうしゃ)として
古くから人々の信仰を集めた神社として知られています。
そうか、この川は犬鳴(いぬなき)川なんだ。
そしてここは「粥田の荘」。
天照神社の由来は、貝原益軒著の「鞍手郡磯光神社縁起」によれば、饒速日尊が垂仁天皇16年に宮田町の南に聳える笠置山頂(425m)に降臨し、同77年に笠置山頂に奉仕した事に始まります。
その後、千石穂掛谷、明野(脇野)と移り、延慶元年(1308年)に、白き鶴の住む里に廟を遷すべしとの神託があり、西国探題惣政所(そうまんどころ)玄朝(げんちょう)の造営により、現在地に移されました。
これが、ニギハヤヒが笠置山に降臨したという話のルーツなんだ!
最初は山頂で祀ったいたのが、だんだん麓に下がって行って、
現在地に移されたという事です。
垂仁天皇16年っていつ?
垂仁天皇 生没年未詳
第11代。崇神天皇の代皇子。崇神天皇の死により、翌年即位。
崇神-垂仁―景行―成務―仲哀―応神―仁徳
よくこのブログに出てくる神功皇后の子供の応神天皇より
ずっと前の時代なんですね。弥生中期かな…。
次回は境内を歩きながら、伝承をもう少し詳しく見てみていきましょう。
(つづく)
地図 天照神社 笠置山
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神武天皇より前にナニワにやってきて、ナガスネヒコのの妹?と結婚した人ですね。記紀を読んでると時代が混乱してしまいます。
もともと九州の人なのは確かだけど、、、。
それにしても美しい季節に出会えてよかったですね!
るなさんのおかげで、この頃すこし九州の地理が頭に入ってきました。









