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祇園山古墳(2)まだまだ謎が多いなあ。


祇園山古墳(2)
まだまだ謎が多いなあ。

そうだよ、古墳って大地の上に石室を作って、
それを覆うように盛り土をかぶせるんじゃない?
同じような方墳の平原古墳だって、大地に穴を掘って盛り土をかぶせてる。

それなのに、この古墳の石棺は頂上にある。言われれば変だ。
もしかしたら既存の古墳の上に埋葬してる?
盲点だった。
祇園山古墳って、まだ未発掘の部分があるのかも…。

そこで、手掛かりを求めて資料を読み直しました。
すると、この石棺の埋納法が書いてありました。

c0222861_2201091.jpg

この写真は頂上部の石棺の周囲を撮ったものです。
四角にくぼんだ部分があります。ちょうど緑色になっていますね。
それが約3.2×3.6mの広さに近いと思われます。
そこを四角く掘って行って、1.1mの深さまで掘り下げています。
石棺を置く為にさらに掘り込んで、側壁の石の板を並べ、
それが倒れないように支えの石や粘土を使って安定させていました。
現在の方墳の高さは5mほど。当初は6mではないかと推定されています。

これが竪穴式というのでしょうが、やはり方墳全体から見ると、
二次的な埋葬の可能性が否めない。
この古墳の基底部分にはまだ未発見の棺があるかもしれない。
そう考え始めました。
この仮定が当たっていると、支配者の交代劇が想定されます。
旧支配者のシンボルの上に、新支配者が墓を建てるのは世の習い。
示威行為です。う~ん。これって、またまた、るなの妄想?

もし可能なら、真実が知りたいですね。
最近では掘らなくても、超音波で調べられる時代です。
いつかそんな調査があったらいいなと思いました。

もし、まだ未発見の墓がこの封土の下にあるとすると、
時代がもっと遡ることになります。
すると、甕棺などとの関係も変わってきます。
祇園山古墳はまだ謎を残してる…。これ以上は調べられない。

そして思い出したのが、メンバーからの更なる情報。
この被葬者についての記録があるそうなのです。
この高良山の祭神の甥の日往子尊(ひゆきのみこと)の廟だと書かれた書があるとか。
この古墳辺りは高良山の社家の廟所として祀られてきたという話も
ネットで拾い出しました。

調べてみるか。
その時、るなの頭の中で響くのは高良大社の宮司さんの言葉。
「高良山の御祭神は謎が多くて、いったんハマると抜け出せないようですね。
研究されるのは大いに結構ですが。」
そうだ。そこは泥沼だ。ほどほどにしとかなくちゃ…。

次の写真は墳丘から見える景色です。
c0222861_221746.jpg

古墳の頂上から見渡せるのは筑後平野と筑後川。
正面にうっすらと見えるのは佐賀県の背振山地ですから、
その麓には吉野ヶ里があります。被葬者は同時代を生きています。

調べれば調べるほど、ここは重要拠点ですね~。
この古墳の真下には高速道路が通っていますが、
その建設の為に何十という古墳が消失しています。
奇蹟的に残ったこの古墳。何かもっと語ってくれないかな。

5.確か男女の骨が一緒に逆さまに埋められていた話があったけど、ここだったっけ。
男女逆さまの埋葬は当時の新聞で大きく取り上げられたと思うのですが、
この石棺の被葬者ではありませんでした。
もう一度、資料を読んでみたのですが、人骨について言及がありませんでした。
ネットでは、古墳の周囲の墓の一つに男女の遺骨が逆さまに入っていた
と書いてありました。これ以上は発掘報告書を見ないと確認出来ません。

ただ、ここから100m離れた祇園山古墳群の中の祇園山3号墳では
男女が逆さまに埋葬されているのが確認出来ました。
(ちょっと怖いので、内容はパスします。)
私が見た古墳はまだ少ないのに、この埋葬法はもう3例目です。
当時の生と死について、いろいろと考えさせられる埋葬法です…。

それにしても竹林がそばまで侵入して来ているのが気がかりです。
この古墳は久留米市でも一、二の古さを競う古墳だとか。
早急に竹林への対策を取っていただけたらと思いました。

地図 祇園山古墳 吉野ヶ里 伊都国



さて、この古墳に行く途中にあった神社。誰でも、気になるよね…。
次回はそちらへ。




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by lunabura | 2011-04-04 00:11 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Trackback | Comments(2)
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Commented by くじら at 2011-04-07 07:21 x
先日はご参加いただきありがとうございました。高良山麓 祇園山古墳に関しましては、以下のページをご覧くださいませ。
http://enjoy.pial.jp/~kokigi/kodaisi/himikotyou/himiko3horon.htm「卑弥呼の冢補論-祇園山古墳とその周辺」に詳しい論察がございます。
なお、当日の案内人のひとりである渡辺氏こそ、高速自動車道路建設当時、祇園山頂で人骨が出たとの情報を誰よりも早く耳にし、二体の逆さまに納められた全身骨を観たという本人であります。不思議なことに公式の記録には一切載っておりません。なにかそうせざるを得ない事情があったのかもしれませんね。
Commented by lunabura at 2011-04-07 09:49
くじらさん、大変お世話になりました。写真が撮りやすいように御配慮いただき感謝しています。

ご紹介の「卑弥呼の家補論」、拝見しております。なかなかの論文で参考にさせていただきましたが、少々異なる意見を持ちましたので、ブログではそれとなく書かせていただいています。多くの方々にも読んで頂いて、それぞれに考察して、議論が活発化されればと思います。

それより、この頂上の石棺にこそ男女の人骨が出ていたとは!発掘資料に書かれなかったというのは、大問題ですね。
確かにこの石棺の深さが90センチもあるのは、一人分としては深いなあと思いました。同じように男女が埋葬された人丸古墳の石棺が35センチという深さから考えると、祇園山古墳の場合、最初から二人分を埋葬するために90センチにした可能性も出てくるのですね。
人骨を確認された渡辺氏の証言を是非とも、公にして、祇園山古墳の正しいデータを教育委員会に再調査していただきたいものです。
原田大六氏のように闘わないと真実が残されないような風潮は終わりにしてもらいたいものです。

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