2011年 05月 07日
御中主神社・古代祭祀線を追って
福岡県筑紫郡那珂川町片縄
古代祭祀線を追って
珍しく、くるま座さんから連絡がありました。
「天の御中主神社って、そんな名前の神社は聞いたことがないと思っていたら、那珂川町にあるって聞いて、今度行こうと地図に印をつけていたら、とてもびっくりしたんですよ。」
「なんですか?」
「それが、他の神社と一直線上に並ぶんです。」
「へえ、そうなんですか。」
「南北ラインでは、北は名島神社、箱崎宮。
南は現人神社、裂田神社、日吉神社、不動岩、そして何故かグリーンピア那珂川がライン上に乗ってくるんです。」
「え~?那珂川の真北が箱崎宮と名島神社なんですか?」
「そうなんです。」
「南も有名な神社ばかりですね。
グリーンピアも、もともとイヤシロ地だったのを知らずに作ったのかも。」
「それがですね、さらに驚いたのが、東西にもラインが出たんです。」
「東西?」
「そうなんです。西は日向峠で東は日拝塚古墳、太宰府天満宮、大根地山なんです」
「ひ、ひなた峠!!!太宰府天満宮?」
「ただし、東西線は微妙にずれています。」
「東西線は、歳差運動でずれている可能性がありますよね。」
「そうなんですか。」
「測量線は厳密で、日の出が誰が見ても、ずれるようになったら遷都をしなくてはならなかったのです。70年で一日ずれます。東西ラインがずれていたら、逆算すると測量した年が却って分かるかも知れません。」
「70年。」
「真鍋大覚さんがそう書いているのです。」
「そうですか。その天之御中主神社に連休に行こうと思ってるんですが。」
「え?れ、連休?行きます。行きます。連れて行って下さい。」
という訳でようやく那珂川町へ行く機会が出来ました。
1週間前に九州歴史博物館で安徳台の展示を見たばかりだったので、
いつになったら行けるのだろうかと思っていた矢先でした。
安徳台では紀元前2世紀の製鉄跡が見つかっていて、早くから栄えていたようす。
その安徳台が那珂川町にあるのです。
それに加えて、この町こそ真鍋大覚氏のホームグラウンドなのです。
こうして、数人で那珂川町の逍遥へ。
込み入った住宅街の中をぐるぐると探して小さな神社に着きました。
扁額を見ると「御中主神社」と書いてあります。
これが神社の正式名かどうかは、まだ未確認です。

カーブした道路からすぐに一の鳥居がありました。

昔のままの小さな祠に屋根覆いがしてあります。
地元の氏神さまとして大切に守られているようすでした。

参拝を済ませて祠の中を見ると、キューピーさんがたくさん置かれていました。
その後ろに丸い御神体石があります。
境内は家が数件分の広さぐらいでしょうか。
祠の裏が小山になっていて、山に向かっての信仰があったような形跡があります。

この写真の左手が小山です。
かつては大きめの円墳があったような雰囲気で数メートルの高さがあり、
そちらに祭祀点があるような印象を受けました。
宅地が山肌を削りながら迫っています。
イヤシロ地を中心に住宅が迫ってくる場所は、
かつてエネルギースポットだった可能性があります。
古代に祭祀点を決めた時、目印に置くものは石ぐらいしかありません。
しかしあっという間に樹木に覆われてしまいます。
埋もれてしまった祭祀点に祠を置いたりして、
神社の形式を取り始めたのが崇神天皇です。
ここが「天の御中主の神」を祀る神社で、東西線と南北線の中心地だとすると、
何らかの盤座があるのかもしれません。
この神社の由来などに関しては、文献に当たっていないので、
また、おいおい調べて行きましょう。
古代祭祀線を調べるには国土地理院発行の広い地図を使います。
直線上にあると言う時は、少々の誤差も認められません。
古代の人の測量技術は、現代と同じだそうです。
そうでないと、宮殿や寺院は建たないし、船も作れません。
「電波の中継点を作る為に測量して山に入ると、
基準点に盤座が既にあるんだよねえ。昔の人はどうやって測量したんだろ。」
と、関係者が話していたのを思い出しました。
前回、摩利支神社で「天の御中主」を調べて、
「北極星の神」と「曙の神」が合祀されているケースが多いことが分かりました。
これって、「北」と「東」の事ですよね。
もしかしたら、この「御中主」という名前には、
まさしく縦横に走る古代祭祀線の中心点を示している可能性があるのかも。
現地では廻りの山がどう見えるのかは全く確認出来ませんでした。
とりあえず、ライン上の神社を見てまわる事にしました。
このあと、まずは裂田神社に向かいました。
御中主神社 名島神社、箱崎宮、現人神社、日向峠、太宰府天満宮、大根地山
なるほど、それらしきラインが出て来ましたゾ。
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近畿の神社が東西南北で並んでる(多少ずれますが)事に気が付いたんですが、
九州でも
大宰府の真北に宗像大社
真東に宇佐神宮
南に高良大社
これはなにかあるのかなと思いました
宇佐神宮の真南に西都原古墳群もありました
確かに、おっしゃる通りの配置がみられて、指摘する仲間がいます。
これに神籠石の配置も絡むらしいです。
地図は面白いですよね。
私も、五万分の一の地図をいくつも貼り付けて遊んだりしますが、
難点は神社の名前が書いてないことです。(+_+)
また、何かありましたら、コメントくださいませ。 (^-^)
こちらにコメントした後なんとなく地図に全国の一宮を記していったんですが・・・
かなり多くの神社が東西や南北、ななめのラインで直線で結ばれてます
多分偶然ではない様な気がします
いったいいつの時代に誰が配置したのか、それとも該当する神社を一宮と称したのか・・・
不思議だったんで書き込みに来ました
いよいよハマりそうですね。
地図に線を引くって、すごく気分が高揚しますよね。
なんでだろ。
何人もの人が指摘していますが、
やはり自分で発見していくのが一番楽しいです。
結界なのか、封印なのか。
あるいはイヤシロチを作ったのか。
謎だらけです。
また経過を教えてくださいませ。 (^-^)
昔、祖父母が住んでいた付近の場所がふと気になり、古い記憶を呼び戻し、ネットでとある場所や神社をさがしていると、偶然このブログにたどりつきました。
神社の由来など知らなかったことばかりで興味深く拝見しました。
20数年前の記憶は朧げですが、写真で見る神社の風景は色褪せていないので、大変懐かしさを感じました。
祖父母宅は、不便な山の中だったので、今は街中に引っ越しましたが、いつの日かブログを頼りに思い出の場所や近辺の神社を訪れたいなと思いました。
神社は昔の姿を伝えてくれる、ふるさとの よすが ですよね。
当地の神社はきっと変わらないままです。
遠くにいても、地図に行きたい所を書き込むだけでも、縁はできます。
akyさんの、マップ作りのお役に立てたら、嬉しいです。
こちらの神社は古いですよ~。
伝承を調べてみると、日本の夜明けを見る思いです。
是非とも来訪をお待ちしています。(と神社の代弁のつもり) (^-^)








