2011年 08月 17日
曩祖八幡宮・連合軍はここで別れの酒宴を開いた
曩祖八幡宮
のうそはちまんぐう
福岡県飯塚市宮町2-3
連合軍はここで別れの酒宴を開いた
福岡県神社誌を見ていると、
神功皇后が皇子を連れて大分宮から更に東の山々を越えて、
再び下関の豊浦宮へ向かう足取りが見えて来ました。
豊浦宮には仲哀天皇の亡骸が待っています。
今回は飯塚から行橋の間の4社の皇后の足跡を辿って行きます。
曩祖八幡宮は能祖八幡宮とも書きます。
飯塚市の中心部なので付近地図を印刷し、ナビには電話番号も入れて準備万端。
ところが付近に着いてから入り口が分かりませんでした。
ついに美容院や駐車場に尋ねて、
ようやくローソンの傍の路地から入る事が分かりました。
皆さんニコニコと笑顔で、道路にまで出て教えて下さって
ありがとうございました。
入り口が分からなかったのは鳥居が無かったからでした。
その入り口は車で入るための脇の路地だったのです。
正面からだと大きな鳥居がありましたが石段の為に車は入れません。
神社のHPに入り口が詳しく載っています。
参拝する方は参考にしてください。

歩いての参道は古くから信仰を集めたような風情で狛犬などが密集し、
さらに大きな楼門が迎えてくれます。
楼門の表には左右に将軍像があり、内では狛犬が守護していました。

右側の獅子は彩色も見事に残っていました。
黒に赤の配色が粋で、筋肉の質感やタテガミや尾の燃え立つような造形は
座っているのに天を翔ける能力があるのをよく表現しています。
見れば見るほど素晴らしいですね。

拝殿です。まるで江戸時代に入り込んだみたいです。

境内は広く、巨大な石燈籠に巨大な楠。
この裏の足元に

「曩祖の杜趾」と書かれた石碑がありました。
ここが神社の始まりの場所でしょうか。
神功皇后が三韓征伐からの帰途、納祖の森に祭壇を設けて天神地祇を祀り、長年つき従った九州の臣たちと別れを惜しんだと伝えられています。このとき、人々が「またいつか尊顔を拝し奉らん」と口々に言い、この「いつか」が「飯塚」の名の由来であるといわれております。
と神社のHPに説明があります。
ここは周囲より少し高度がある丘です。
大分宮で軍勢の解散をしたのですが、別れ難かったのでしょうか、
ここまで共に来て、皇后が天神地祇を祀ったあと酒宴を開いています。

この曩祖の杜趾のすぐ前に稲荷神社がありました。
急な石段がありますよ!ここで製鉄してたかも。
となると、大きな氏族の居住地だったと思われます。

石段を上ると、これまた赤と黒の色が珍しい稲荷社です。
楼門の獅子と同じ配色です。

裏参道の眺めです。ここに来ると、さあっと風が吹き渡りました。
ここは丘の頂上部で、周囲から風が集まって来ます。
広さと言い、高さといい、那珂川町の風早神社とそっくりです。
やはり製鉄や鍛冶などをしていた所だな…。
さて、この曩祖八幡宮の由緒について、福岡県神社誌に詳しく書かれています。
漢文なのですが、頑張って現代語訳してみます。
神功皇后が征韓から戻って、粕屋郡の蚊田郷で皇太子の誉田別命(ほむだわけ)を産んだ。後の応神天皇である。産(うみ)から、その地を宇彌(うみ)と呼ぶ。
翌年、皇后は皇太子を抱えて穂波郡に遷り、行宮を営んで住んだ。そこで筑紫のまつりごとを行った。従軍の士を呼んで、大いに戦利品を分けて褒賞を与えた。そこでその地を「大分」(だいぶ)と言うようになった。
皇后はついに東に遷都しようとして、将士たちを召して自分の国に戻るように伝えた。将士たちは曩祖の林で酒宴を催した。皇后は祭壇を築いて、遠祖と天神地祇を祀った。故にその林を「曩祖の社」と言い、祭壇を「壇上」と言う。「遠祖、曩祖」というのは「祖先」という意味である。また「曩と納」は発音が同じなので、後世「納祖」と書くようになった。
皇后は別れに臨んで歌を詠んで「いづれの日にか逢おう。」と言った。「いづれ」がこの村の名前になった。「飯塚」(いいづか)となったのは発音が近いからである。
見ると川が流れていて、船の帆が風をはらんでいた。
「帆と波が競っているようだ。」
と皇后が言ったことから、地名を「帆波」というようになった。今「穂波」と書くのはここから来ている。
のちに応神天皇が昇天した後、なおもこの森が懐かしく、神霊が降りられたが、留まる所がなかったので、能祖郷の人たちが林の中に祠を建てて奉祭したことから、能祖八幡宮と呼ぶようになった。
みんなが別れを惜しんで最後の酒宴をした現場がここなのですね。
なんとなくしんみりとした、いい話です。
神功皇后が筑紫に来て2年が過ぎました。
初めて遠賀川流域に天皇とともにやって来た皇后が
天皇を亡くしながらも軍勢をまとめて、全ての戦いに勝利しました。
物部氏を中心とする軍勢はこれで敵がいなくなったのです。
これからの平和を約束された、喜びの宴でした。
曩祖八幡宮HP
http://nouso.or.jp/
地図 曩祖八幡宮、大分宮








