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鷹尾神社・皇后軍をハムヤ舞とブリ料理で迎えたムラ人たち


鷹尾神社
たかおじんじゃ
福岡県柳川市大和町鷹ノ尾
皇后軍をハムヤ舞とブリ料理で迎えたムラ人たち

筑後川流域をさらに南下して、柳川市へ。
柳川と言えば北原白秋の古里です。
彼の詩の「ギヤマン」の不思議な言霊の響きに触れて
異国情緒に憧れた子供のころを思い出しました。

有明海をゆりかごとするこの町に異国からの船が直接乗り付けられるのは
今も古代も変わりません。

柳川には何度も行ってるのですが、目的が違うと全く別の町に見えます。
今回は神功皇后のゆかりの鷹尾神社に参拝するのが目的です。

この鷹尾神社は田油津姫攻撃の時の上陸地で、大本営地とも言われています。

今回の筑後川流域の探索には、私も無駄のないコースを練って南下したのですが、
はからずしも皇后の進軍ルートを辿っている事に気づきました。

古代の船でも現代の車でも、人が考える事は、そう変わらないのですね。

久留米市大善寺から大川市、柳川市と移動すると、
田油津姫の拠点をターゲットとして正面を避けて、
半円を描いて側面から進軍しているのが肌で分かります。
弓頭神社国乳別命と挟み打ちをしているのかも知れないな。

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この鷹尾神社に皇后の足跡は残っているのでしょうか。

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神社は県道に面していましたが、
昭和時代にこの道路拡幅の為に後ろに下がったという事です。
その時移動した石の鳥居が大和町の文化財に指定されていました。

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鳥居をくぐるとすぐ脇に「神功皇后行啓遺跡」と石碑がありました。

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大きな楼門があって、狛犬と神像が中にあります。

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これは珍しい木彫。赤一色の狛犬と赤と青の二色がペアでした。
尻尾がバルカットのように広がったデザインなので、どっしりとした印象を与えます。

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朝の竜巻や雷雨も治まって日が差して来ました。

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扁額に八幡宮と書いてあります。
祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后です。
平安時代貞観11年(869)に清和天皇の命によって祭られたと社伝にありました。

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平安末期には、筑後一の宮「高良神社」の別宮(べつぐう)だったそうです。
社の造営や修造は、朝廷や鎌倉幕府などの下知で行われたというので、
格別な宮だったのが分かります。

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本殿の右脇に小さな摂社がありました。

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その後ろに神功皇后の腰掛石がありました。
神功皇后は子安の神として崇敬されています。
この宮には「風流」という舞の神事がある。
神功皇后が筑前の香椎の宮より、筑後の宮に移る時、時の漁人は皇后を海上にお迎えして、鰤魚(ぶり)を献上して舞曲を奏した。これが今日伝わる当社の反耶舞である。 尚、皇后の上陸地は当社から4,5町の道祖の御瀬という所で、そこには猿田彦神と海龍神を祭る小祠がある。
郷土研究筑後 一部改変


神功皇后の記憶は、反耶舞・破牟耶舞(はむや舞・はんや舞)にも残っていました。
西風流といわれ、「ヤーハンヤーイヤオワオンハー」とはやしながら
太鼓と笛を鳴らすといいます。
歓迎して舞曲を奏するほどなので、
田油津姫のクニとは、よほど対立していたのでしょう。

伝承ではここからは車駕に乗って行ったと言います。
「車駕」という言葉はこの大和町から使われ始めます。
「くるま」の事です。
車に乗ったとすると、道路が整備されていなければなりません。

くるまが弥生時代にあった?

韓国について『魏志倭人伝』では車がないように記述されていますが、
当時の車が出土してしまっています。
馬と車については『魏志倭人伝』を妄信してはいけないな~。
中東や中国大陸から逃げて来た貴人たちが、地元での暮らしを
再現しようとした可能性を考慮する必要が出て来ました。

この柳川も伝承どおりだとすると、すでに大陸から車が直接入っていて、
港と都邑の間に数キロ程度の、馬車が通る道が狭い範囲で
整備されていた可能性を考えてもよいのかもしれません。

この大和町から田油津姫の陣営まで直線であと8キロ。
私たちも車で田油津姫の伝承を追って同じルートで向かいました。

地図 鷹尾神社 みやま市





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by lunabura | 2011-09-20 16:45 | (タ行)神社 | Trackback | Comments(3)
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Commented by csaオアシス at 2011-09-21 08:52 x
こちらの、「鷹尾神社」さんも
応神天皇・仲哀天皇・神功皇后の親子三神をお祀りされていますね!

そして、おなじく福岡県(北部九州?)には、
「神功皇后の腰掛石」伝説が、とても多いですね!

近々、私と、ある歴史(考古言語)学の先生とで、「神功皇后の腰掛石」の探訪に行く予定をしているんですよ。

ところで、直方の”須賀神社”の「御朱印?」を持ってられるということで、とても、驚きました!^^;

Commented by csaオアシス at 2011-09-21 09:00 x
すみません。。間違えました^^;
いま、前コメントを読み直したら
「御開帳を待ってるんです。」と書かれていました!

御朱印 ⇒ 御開帳
持つ   ⇒ 待つ

・・でしたね。。申し訳ありません。。^^;

Commented by lunabura at 2011-09-21 13:45
「神功皇后の腰掛石」巡りですか?
楽しみですね。
あちこちにあるので、福岡中をくまなく歩く事になりそうですね。
そう、私もついつい福岡中を歩きまわるハメになりました。 (^-^)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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