2011年 09月 26日
権現塚・円墳の頂上は360度の展望・もう一つの七支刀
権現塚
福岡県みやま市瀬高町大草
円墳の頂上は360度の展望
もう一つの七支刀
神功皇后伝承を追って、みやま市の最後の目的地、権現塚に行きました。

田園風景の中に、見事な円墳がありました。
段付丸墓とか、茶臼塚とも言ったそうです。
市指定史跡で、(昭和56年2月23日指定)規模は径45m、高さ5.7m、周囲113.5m。
伝承によると皇后軍が田油津姫を討った時に、皇后軍に多くの戦死者が出たのを、
この地に葬った所と言われています。
他に、卑弥呼の墓とか、国造の墓という説もあるそうです。

これは空から。この周囲には縄文時代や弥生時代の遺跡もあるとか。
どんな人が埋葬されているのでしょうか。
頂上に立つと360度の展望が開けました。

この場所ってすごい。たった5.7mの高さでこれだけの展望が確保出来るのです。
太陽の沈む西には雲仙岳など長崎の山々。

北の方には佐賀県の背振山~九千部山。

南には熊本の山々。

太陽の昇る方向には女山(ぞやま)や清水山など、おびただしい史跡や古墳が眠る山。
この山の麓では集落ごとに太陽を測量する日拝塚を持っている、
女王たちが統治した古き都。

そして、北東には懐かしい高良山もくっきりと見えました。
もう一つの七支刀
吉田信弘氏によると、この山門の国には七支刀が存在していて、
戦時中にそれを鋳直そうとしたが、まったく歯が立たなかったという話があります。
その七支刀は行方不明だそうです。

しかし、その話を裏付けるような、七支刀を持つ神像を祀る古宮が残っています。右手に七支刀を持つ神のその服装はまさに異国のもの。
(左の写真は、「みやま市文化財ガイドマップ」から。)
私もずっと前に拝見していて口外しなかったのですが、今ではネットでも本でも見られるようになりました。
七支刀は奈良の石上神社だけではありません。
山門という地名を留めるみやま市の史跡は大変多く、
まだまだ多くの研究を待つ古代の女王たちの都です。
地図 権現塚
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上の「七支刀」の記事にある、吉田信弘氏とは、
もしかしたら、岩石文字、古代文字の
世界的研究をされている、吉田先生ですか?
じつは以前、吉田先生から、田川市の風治八幡宮の
「神功皇后腰掛石」のことを聞いていたのですが
やっと、きょう26日に観察に行ってきました。
ブログ記事と私の行動が、シンクロしていて
驚きました。。!!^^;
山門郡の七支刀の話はペトログラフ研究家の吉田信弘氏から伺いました。先生からはいろんな話を伺ったのですが、風治八幡宮の腰掛石の話は初耳です。
どんな話をされたのですか?よかったら教えてくださいませ。(^o^)/
まさか、ペトログリフでも、あったんですか?
シンクローそうそう、この世界はシンクロだらけですね(^-^)
まっ、やたら座るなって事でしょうが。
吉田氏が言われた宇美八幡宮のペトログリフはもう確認できませんでした。
ちなみに、吉田氏の製作した番組が「宗像沖ノ島海底遺跡」で、
http://lunabura.exblog.jp/15250191/
で写真を紹介していますョ。
宇美八幡宮にも、盃状穴や線刻画などが岩に刻まれたものが
あったのですね~それは、知りませんでした。
「宗像沖ノ島海底遺跡」の記事は、
http://lunabura.exblog.jp/15250191/
以前、どこかで見たことがあったのですが、
lunabura さんの、ブログ&記事だったのですね~
いま、ここで再確認できて良かったですし
再会に驚いています。。!
ちなみに、宗像大社・辺津宮には、行くことが多いです。
あそこは、緑が多くて、清々しさは別格です。。♪









