2011年 10月 03日
宇美八幡宮(1)神功皇后が出産したところと伝える
宇美八幡宮(1)
福岡県粕屋郡宇美町
神功皇后が出産したところと伝える
まず参拝するお宮の筆頭がこの宇美八幡宮です。
その由来は神功皇后(じんぐうこうごう)がここで出産したと
伝えられているからなんですね。
神功皇后は当時の都だった香椎宮で、
思いがけず夫の仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)を亡くしてしまったあと、
戦いに次ぐ戦いを乗り越えて、この地で無事に出産をしたと伝えます。
そんな1800年も前の彼女の存在が
現代でも安産を願うママたちの心の拠り所になっています。
それでも、もう神功皇后の事は分からなくなってしまっているんですね。
しかし、このブログの中では
彼女のフクオカでの三年間が明らかになろうとしています。
さあ、では宇美八幡宮に行きましょう。

宇美町の県道68号線沿いに一の鳥居はあります。
右の石碑には「応神天皇御誕生地と」書いてあります。
応神天皇の生前の名前はホムタワケ皇子です。
亡くなったあとに贈られた名前が応神(おうじん)天皇という名です。

神功皇后が御輿(みこし)にゆられて着いたのは真冬の12月。
皇后は破水しかかっていたとも言います。

吹きつける玄海灘の冷たい風。
御輿の上は、寒さも厳しかった事でしょう。

この筑紫には夫の仲哀天皇について来ただけなので、身寄りもいません。
周りは共に戦ってきた武人ばかり。
彼らの忠誠心は明らかだけど、父や母の事を思わずにはいられません。
嫁ぐ時にお供した女官たちだけが女としての悩みを共有できた事でしょう。

竹内宿禰たちが手配してくれた産殿で、槐(えんじゅ)の木にすがって出産しました。
当時は立産だったと言う人もいます。
拝殿の左にある「子安の木」がそのエンジュです。何代目でしょうか。

皇子の誕生の時に使った「産湯の水」(うぶゆのみず)が
神殿の左奥にあります。

今なお清らかに透き通った泉がこんこんと湧いています。
「妊婦がこの水を頂戴すると安産する」と立札に書いてありました。

その左にある巨大なクスノキは「産衣」を掛けたと言われ、
「きぬかけの森」と呼ばれています。
樹齢2000年ですって。その当時もすでに大木だったんでしょうね。

「産湯の水」の右の方に進むと湯方神社があります。
お産を助けた女官を祀る宮です。
助産婦さんたちに信仰されています。

その周囲に置かれた丸い石は「子安の石」。
妊婦はここから子安の石を一つ預かり、安産ののち
新たに自分の子供の名前を書いた石を加えて返納します。
鎮懐石神社で皇后が石を懐にいれたのも、調べて行くと、
壱岐あたりでは、つわりを鎮める石と言われているとか。
「鎮懐石」の伝承は各地で変化しながらも、
「安産の祈りを象徴したもの」ではないかと思うようになりました。
神社にはあまり縁がないママたちも、
子を授かった時初めて真実の祈りを体験します。
日本に神社があってよかったなと思うひとときです。
(つづく)
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