2011年 10月 20日
住吉神社(2)竹内宿禰の手植えのクスノキと木材加工
住吉神社(2)
竹内宿禰の手植えのクスノキと木材加工

正面から右の方に行くと摂社がありました。
そこからさらに左の奥に行くとクスノキの大木か現れて来ます。

さらに進むと武内宿禰命御手植えの楠がありました。
武内宿禰は孝元天皇(人皇第8代)の曽孫で、景行、成務、仲哀、応神、仁徳の五朝に仕えたといわれる。
仲哀天皇に従って熊襲を討ち、天皇が崩御になると、神功皇后をたすけて新羅をしたがえるなどの偉功(てがら)があった。
本社では第三殿に祀られている。その手植の楠の古株から新根が生え、根周りは60m余にも及ぶ大木となっている。
住吉神社々務所
境内の中でも一番のパワースポットと案内されていました。
まさかこんな古木に逢えるとは思っていなくて感動しました。
樹齢2000年の楠は風浪宮や宇美八幡宮にありましたが風格は同じ。
そして同じように根元から二つに分かれて洞が出来ていました。
ここは手つかずの神域なので植生も昔のままです。
楠の自生の北限は福岡市東区の立花山だという事なので、
ここは手植えされたものという事になります。
その手植えした人が本当に竹内宿禰だとしたら、これもまた感慨深いものがあります。
もう白髪のおじいちゃんにしないでね。
彼だって若々しい躍動的な時代があったんですから。
楠は船の木材になります。だから各地の神社に残されているんだと思います。
洞が出来た楠はそのまま船になったそうです。
福岡の多くの山が杉林になってしまっているので、
こうした太古からの自然の森に入ると本当に感激します。

クスノキのそばに稲荷神社がありました。

境内全体から見ると右側、丘のピークにあります。
何故かどの神社の稲荷も向かって右側にありました。まだ例外に出会っていません。
かならず右側で、一段高いか、丘のピークにあります。
この稲荷社の右の方は崖でした。
吹き上げて来る風を利用して鉄の加工をしていた所だと思いました。
ところで、弥生時代に船の木材をどうやって加工したのか?疑問がありました。
それであちこち資料館も廻ったりもしたのですが、
もう鉄器が入って来て随分経つんですね。
特に新羅(辰韓)は鉄の産地だった。その資源を求めて戦いが起こっている訳です。

この机を見て下さい。
福岡埋蔵文化センターで復元されたレプリカで紀元200年頃の机です。
本物は九州国立博物館にあります。
板が1センチ近い厚さに加工されています。
脚だってカーブに加工されています。これが弥生時代です。

これは下関市豊浦町川棚の中ノ浜遺跡で出た弥生時代の小壺。
(山口県埋蔵文化センター所蔵 遺跡展は終了です。)
アートの心も抜群。
蚕(かいこ)も豊浦宮(忌宮神社)に献上されたし。
けっこう文化度の高い暮らしだったんですね。
(つづく)
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なるほど~御神木というのは、神社においての重要なアイテムのひとつですよね~
はるか昔から、「ひもろぎ」に代表される神々の「依り代」として、
あるいは、「鎮守の杜」といわれるように、樹木は大切な役割を果たしてきましたよね。
私も、神社の杜の雰囲気が好きで、よく出かけることが多いです。
それにしても、こちらの「武内宿禰命御手植えの楠」は、
いかにも、威風堂々として、風格がありすぎの感じです。。^^;
・・あ、
明日22日と、明後日23日は、直方の須賀神社の5年に一度の
記録に残る”世界最古の隕石”が公開されるお祭りがあります。。
雨にならないといいのですが。。^^;
隕石楽しみですね。世界最古だったんですか。むむむ。
用事が詰まっているので、五年後かなあ。
雨が止むといいですね。








