2011年 11月 10日
阿弥陀が峯と埴安神社・二上山が見える久光・三輪・奈良
阿弥陀が峯と埴安神社
福岡県朝倉郡筑前町久光
二上山が見えるここは久光・三輪・奈良
栗田遺跡から見える二上山。綺麗にV字になる所があるはず!

都合良いことに東へと向かう道がありました。

道は山に並行です。

Vの間の山が見えなくなって来た。

ここじゃない? 完璧。

すると直角に離れて行く道がありました。この先に観測点があるかも?
写真の道を手前の方に走ると集落があって、鳥居が!

埴安神社だ。土の神様だ…。光と関係ないんだ…。ちょっと期待外れ。

でも場所はどんぴしゃりなんだけど。

ムラの鎮守の神様です。

摂社があって菱形の御神体石が祭られていました。

社殿の裏に廻ると、さきほどの二上山がよく見えました。
しかも、さらに奥にVが重なってる。これで条件は揃った。
やっぱり祭祀点だろうか。
二上山の名前は分からないのですが、そこは「阿弥陀が峯」という地名でした。
「阿弥陀」ならサンスクリット語で「光」。仏教が入って来ての名なら死者の山か…。
今立っている地名は「久光」(ひさみつ)。
太陽は谷から昇るかな…、と地図を広げようとして嫌な感。
私たちは東に向って走った。という事は「阿弥陀が峯」は北?(焦)
あ“~。やっぱり。V字の谷から太陽は昇らない~。

(黄色の破線は皇后軍の推定進軍ルート)
と言う事で、るなの推論は見事にハズレ。
でも、この横の地名は何だ。三輪、奈良、大己貴神社と並んでる。
まるでここは奈良県?と勘違いしそうな地名がずらり。
近畿と福岡の地名の並びが似ている事は有名だけど、ここは原郷。
奈良の原風景を見ているのだろうか。

結局、ここ「久光」は太陽祭祀線がない所でしたが、
この埴安神社は、栗田遺跡で出土した赤い磨研土器や
仙道古墳のあの面白い埴輪なんかを作った人たちが奉斎した神社なんでしょうね。
さて、神功皇后軍の話に戻りましょう。
地図を見ると、皇軍はこれまでは羽白熊鷲に対して山影を移動していましたが、
ついに敵陣から流れて来る川を遡らなくてはならない所に出て来ました。
敵に姿をさらす事になります。
これで敵前逃亡者が出てしまい、「これは大己貴の神の祟りだろう」と言う事で、
皇后は大己貴神社で祭祀をしています。
そして、この敵の目をそらすために、ある作戦が別動隊で実行されていました。
それは美奈宜神社(みなぎ)で起こっていました。
次回はその神社に行ってみましょう。
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今後に期待します。
このあたりは古墳も多いし、地形もかなり残っているし、総合的に調べるのに魅力的な所ですね。
「隈山」ですね。「隈」はいくつか説があるようですね。是非是非特集を組んで下さい。
心魅かれる場所ですが、私はとりあえず神功皇后のルーとを追って、一つの時代を見渡したいと思います。
三輪、奈良、大己貴神社と、奈良、出雲に関係がありそうな
地名、神社があるのに驚きですが、
菱形の御神体石がお祀りされている、
摂社の御祭神の名が知りたいところですね。
なにか、手ががりが見つかるかもしれません。。^^;
ここの近くに平塚川遺跡があるし、対岸には吉野ヶ里遺跡があるし、古墳はいっぱいあるし、総合的に研究する必要がある所ですね。
まだ記事にしていないけど、仙道古墳のあの王冠の楯持ち埴輪とそっくりさんが苅田歴史資料館にもあるので、そことのつながりを知りたいし、近畿にもあるという話を聞きました。しかも時代設定がマチマチだという事らしいので、そういうのも丁寧に見て行く人が現れないかなと思ってます。
(私は今手がつけられないので…)








