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金星の和名(2)金星暦とミネルバ

金星の和名(2)
金星暦とミネルバ

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                  (http://www.nationalgeographic.co.jp/より)
今回押さえておきたい金星の特徴は?
  金星は月のように朔望(満ち欠け)がある。
  太陽暦の一年は365日。金星暦の一年は584日。
それでは眞鍋大覺氏の本の抜粋のつづきです。(改変しています。)
金星が三日月に見える日を年始めとする暦法があった。金星の周期は583.916日(約584日)で、金星暦の満1年は地球の1.59871年である。

この暦法はかつて地中海のエトルリヤ民族が完成させたと聞くが、ローマ人によって喪失した。今は中米のマヤ民族の遺跡がわずかに語るだけだ。

マヤの金星暦は有名で、2012年の12月で地球が終わるような終末論が出ていますが、
疑問に思っています。
このマヤの金星暦が紹介され始めた頃は
単に天文の知識を証明するものとして挙げられていましたが、時間が経つにつれて、
おヒレがついて、終末論に変化して行きました。

暦にはかならず年末の日があり、マヤンカレンダーにも末日があります。
末日が終われば翌日は元日です。
マヤンカレンダーも暦なので、淡々と次の周期に入るだけではないかと思うのですが。

話がそれちゃいました。もとい!

金星暦は地中海のエトルリヤ人たちが完成させたという事なので、
彼らの時代を調べると紀元前8世紀から紀元前1世紀でした。
日本なら弥生時代ですね。
(弥生時代は紀元前10世紀からと最近なってます。)
彼らは海の民だったそうです。

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写真はエトルリアの陶棺です。教科書で見ますね。
テレビでもあっていましたが、心の豊かな暮らしをしていたようです。
エトルリア人はローマ人に同化されて行きますが、
金星暦は完全に消滅した訳ではなく、人々の流れと共に東へと向かいます。

さて眞鍋氏の本では、金星の話もあちこちに散らばっています。
金星を、暦日を決めるものとして、月に準じて拝んだ民族がいた。新大陸のマヤ民族は有名だが、旧大陸ではエトルリヤ民族がそうだった。

金星を女神化したのを「ミネルバ」と言い、その美しい姿を彫刻にしたのがポンペイの「ビーナス」だ。一見して体つきがローマ人とは異なり、むしろ東洋人に近いことに注目せねばならぬ。双六の賽は彼らが観天望気を判断する最後の手段に使っていた。

ミネルバは元来は「金工の技芸の女神」だったが、やがては「染色織物の女神」ともなって、女人が腕が上がるように拝んだ。日本の西海では昔から皆形(みなかた)御名方(みなかた)と言って崇めていたから、ミネルバの倭名かもしれない。

頼山陽が「天草に泊まる」という詩の一節に
 太白船に当たり  月に似て明らかなり
とあるのは、その頃まで金星を月と同格に祀る民族が天草にいた事実を賦したものだ。
金星と言えば「ビーナス」ですが、そのもとは「ミネルバ」なんですね。
眞鍋氏の本にはこのミネルバの豊かなひだを持つ衣裳の話がよく出てきます。
夜空に輝く星たちの光のうねりと重ね合わせたのでしょうか。
左の写真はミネルバです。(wikiより)

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右は「ミロのヴィーナス」です。
(レプリカなので、顔が本物とは違います)
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もともとは「金工が祈る女神」だったのが「織物の女神」に変わりました。
日本でも西海で金星を「みなかた」と言っていたのは
「ミネルバ」が語源ではないかと考えてあります。

「みなかた」の女神と言えば「むなかた三女神」を連想したのですが、
「むなかた」の女神は「水の女神」ですから、同じなのか、違うのか、
まだ探究していかなければなりません。

頼山陽が天草地方で詠んだ詩は
「金星の光が水に反射して船に当たる様子が月のように明るい」
という美しい光景です。とても静かな水面のようすが伺えます。
ここに金星と月を祀る民族がいたことを反映していると氏は言います。

日高見星 ひだかみほし
金星を「日高見星」と名付けていた。
「日が高い時に見える星」―白昼に星光が見える事からついた名である。

日本書紀の景行紀に日高見国の名が出てくるが、今の陸奥北川(きたかみ)および蝦夷日高の地である。昔は金星暦を守った民族がいたのかも知れない。耶蘇教伝来以前の景教の伝説の多い地方である。
太白小白を木菟子(つくし)ともよび、「にとこ」とも読んだ。これが「ひたか」に転じたのかもしれない。
耶蘇教とはキリスト教。
景教とはキリスト教のネストリウス派で、異端とされていました。
景教は唐での呼び方で、大秦寺という教会が建てられています。

地名や神の名の痕跡から、日本にキリスト教が正式に伝来する以前に
東北や長崎あたりに景教と金星暦が入っている可能性を示唆しています。
(つづく)







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by lunabura | 2015-05-03 08:33 | <星の和名・天文> | Trackback | Comments(4)
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Commented by クロちゃん at 2011-12-30 23:22 x
お久しぶりです。
仕事が忙しくて、なかなかお邪魔できませんでしたが、るなさんの研究は果てしなく続いているようですね。
素晴らしい!
本の完成も楽しみにしています。
Commented by たっつん at 2011-12-31 07:13 x
おはようございます。

今年も今日で終わりですね。
綾杉さんのブログいつも楽しく拝見させてもらっております。

よいお年をお迎えください。
Commented by lunabura at 2011-12-31 09:09
クロちゃんさん。おひさしぶりです。
弥生時代に絞っても、分野が広くて終わりがありません。
少しづつ歩いて行きたいと思います。

ブログ拝見すると、海のようすが例年と違うのですね。来年は穏やかな年であってほしいと思います。
これからも時々遊びに来て下さい。
Commented by lunabura at 2011-12-31 09:12
たっつんさん。おはようございます。
365日、休まずの投稿ですね。
すばらしい!

いつも不思議なのはたっつんさんの投稿の時間。
徹夜なのか、早起きさんなのか。
私は夢の中の時間なんですもの。

これからもよろしくお願いします。
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