2012年 01月 21日
皇后崎・神功皇后の上陸地点
皇后崎
こうがさき
北九州市八幡西区皇后崎町2丁目
神功皇后の上陸地点
一宮神社で地図を書いて頂いて、早速そのまま皇后崎に向かいました。
国道3号線に皇后崎(こうがさき)町という信号があります。
通るたびに、何と読むのだろうと思い、
「皇后」が神功皇后を指すとは想像もしていなかったのですが、
地元ではここが神功皇后の旧跡だというのは当たり前の話のようでした。
史跡へ曲がる信号は3号線の「皇后崎町」か「桜ケ丘町」で、海の方面に向かいます。
私は教えていただいた桜ケ丘信号、「びっくりドンキー」レストランから曲がりました。
緩やかに左に曲がって行きます。左は高台、右は低地に鉄道という道でした。

すぐに着きました。これが皇后崎史跡です。
地図をしっかり見ていないと通り過ぎてしまいそうです。石碑のお蔭で分かりました。
「史跡 皇后崎 神功皇后御西征之時 …(後は不明)」
と書かれています。
まるで方墳のような形をしています。横に階段があり、よっこらしょと入り込みます。

これが上からの眺めです。高速道路が走り、その下には鉄道が走っています。

目の前は洞海湾のはずですが、想像する事も出来ません。
しかし、道路の橋げたの隙間から海?川?水面が見えました。
やはり昔は海が広がっていたのです。
ここに神功皇后が上陸した様子が当時の人々にはよほど印象強かったのでしょうね。
地名になったほどですから。
本当は仲哀天皇も一緒だったと思うのですが。
英国の皇太子夫妻が来日した時も、ダイアナ妃の報道ばかりがあったように、
人々は美人の后に魅かれるのは昔も今も同じようですね。
史跡の横にはアパート群が建っていて、道が急な登りになって、
一宮神社まで岬が続いていたのが想像できます。
仲哀天皇と神功皇后は戦いの準備に当たって、まずは皇祖の祭祀の為に、
神武天皇の旧跡(一宮神社)に向かったのだと思いました。

家が立ちこんで、地形も分かりませんが、点線あたりが岬だったのでしょうか。
地図 皇后崎
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今年もよろしくお願いします。
記事にも出てきた岡田宮なんですが、
この辺は古くから熊族がいてその熊族が作った
お宮が岡田宮と岡田宮に書いてあったようですが、
ものすごく単純な質問で申し訳ないんですが、
熊族と熊襲とは何か関係があるんですか?
熊ですね!そうそう。
このあたりは熊手とか、熊西とか地名があってワクワクしました。
熊鰐(わに)さんの末裔にも会いました。
熊族というのは、洞海湾で神武天皇の時代からサポートしていて、
造船技術があり、皇后の船の修理をした伝承も残っています。
これから何度も名前が出て来ます。
仲哀・神功の時代は熊鰐さんが王のようですね。
北九州の図書館まで行ったのですが、これ以上は分かりませんでした。
熊襲(くまそ)は実は今でも確定できていないようですが、
日本書紀を書いた人は漠然と、九州の中部から南部の人をイメージして書いているようです。
羽白熊鷲が出て来ましたが、熊鷲(くまわし)の事を熊襲として書いています。
普通は熊は熊本、襲は隼人というイメージで話している人が多いです。
ですから、熊族と熊襲は全く別の氏族です。
答えになったでしょうか?
今年もよろしくお願いします。
北九州の洞海湾より南は都市化が進んでいて、神社を探すのが大変だったんですよ。
しかも石段が長くて、まるで体育会系神社巡りでした (^-^)
お蔭で休まずに上れるかどうか、なんて楽しみも…。
くみりんさんも、完全制覇してみてください (^o^)/
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