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笠松神社・神功皇后は笠を松の木に掛けた


笠松神社
福岡県宮若市四郎丸
神功皇后は笠を松の木に掛けた 

前回の春日神社からナビで笠松神社を目指しましたが道がよく分かりません。
この狭い平野にはトヨタ自動車が広大な工場を作っていて、プリウスなどを生産しています。
春日神社から見たら工場の向こう側にあるので、迂回する内にますます分からなくなって、
菜園を手入れしている人や散歩している人に尋ねて、ようやく見つけました。

見つけてみると、なあんだ。遠くからでも見える位置にありました。
あとで分かったのですが、トヨタの工場の中を一般道路が通っていて、
そこを通れば簡単でした。

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新たな道が出来たので神社が移転したそうです。

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真新しい鳥居と駒犬の向こうに社殿はありました。周囲がよく見渡せます。
石碑があったので書き写しましょう。
笠松神社移転記念碑
笠松神社は神功皇后・仲哀天皇・武内宿禰を祭神としており、神功皇后に縁のある神社である。鎮座年代等多くは不詳である。
往古、有木郷とも称していて上有木村・下有木村・倉久村・四郎丸村・芹田村五カ村の心のよりどころとなっていた。

明治22年五カ村合併の際、当神社名を村名として笠松村とした。官報(1743)年、大正8年、昭和46年にそれぞれ改築された記録がある。
今回町道上倉線(上有木~倉久)の改良工事にともない、神社用地を宮田町大字四郎丸字笠松1880-2から現在の地に移し社を建立した。
平成11年3月
もとの場所が知りたくて人を探しましたが、小さな集落があるだけで、
尋ねようがありませんでした。
今、住所を比較すると、現在地が「四郎丸1856」で、
元の場所が「四郎丸字笠松1880-2」なので、少しの移動のようですね。

祭神が神功皇后・仲哀天皇・武内宿禰で、
伝承は「神功皇后はここで笠を松の木に掛けた」という事なので、
休憩地がそのまま神社として祀られている印象を受けました。

春日神社と笠松神社は直線で約1キロ。
歩けば15分ほどの距離ですが、このタイミングで休憩したとすると輿で移動したのでしょうか。
山道は馬に乗り、平地では輿に乗りと臨機応変だったのかも知れません。
春日神社の前に赤い橋があったことを思い出すと、
昔の川を渡るのに難儀したのかも知れないなとも思います。

輿のイメージとして、韓国の歴史ドラマを見ていると、
神輿のようなタイプをカゴカキの人たちは手にさげるようにして持っています。
ヨロヨロしているのを見ると、ドラマの演技でも重そうです。
日本の神輿は肩に担ぐので更に高くなりますが、
乗ってる人は高過ぎて怖いだろうなと思います。

日本の古代の輿ってどんなタイプだったのでしょうね。
江戸時代のタイプはまだ出現していなかったと思うんですが。

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神社から進行方向を見ると城崎山が立ちはだかっていました。
左の方を見ると緩やかな下り坂になっているので歩きやすそうです。

実際その先には若宮八幡宮があって、そこには神功皇后の駐輦の石碑があるそうです。
(参拝した時には気づかなかったので石碑は未確認です。)
若宮八幡宮についてはすでに記事にしていて、こんな地図を出しています。

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順路はこちら
若宮八幡宮 http://lunabura.exblog.jp/i134/


地図 笠松神社







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by lunabura | 2012-02-09 16:14 | (カ行)神社 | Trackback | Comments(0)
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