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志賀海神社(7)安曇磯良・アントンイソラ


志賀海神社(7)
安曇磯良・アントンイソラ

再び志賀海神社の境内に戻って来ました。

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本殿の右にある遥拝所の向こうは海です。その鳥居の足元に二つの亀石があります。

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この角度から見ると、ムム。よく似てる…。
右のヒレを出しながら、頭をもたげようとしています。
この亀こそ、志賀海神社と志式神社と高良玉垂宮を結びつけるものです。
立札があるので、写しましょう。
亀石 遥拝所
その昔、神功皇后が三韓へ出兵される際、正面対岸の打昇浜にある亀ヶ池、亀住池の辺りにて無事凱旋できるよう、阿曇磯良丸を通じ祈願され、七日七夜の神楽を奏されました。

すると黄金雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が出現され、皇后へ干珠満珠の玉を授け、船の舵と航路を守り導くと伝えられ、黄金雌雄の亀は亀ヶ池、魚住池に放たれましたが、後に石となって現在の金印公園近くに現れ、寛文10年(1671)4月11日に社前に納められました。

遥拝所は右斜め対岸の大嶽神社・小嶽神社と正面真東の伊勢の神宮、宮中三殿を拝します。


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遥拝所から見える景色です。右に見える山が大嶽神社がある所で、
そこから水平線をなぞるように左に伸びた細長いラインが吹昇浜(吹上浜)です。
漂着物がよく吹き上げられる事から付いたと聞きますが、いかがでしょうか。

では、吹昇浜へひとっ飛び。

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吹昇浜(奈多の浜)から志賀島を写しました。

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舞台となった志式神社の境内にも亀石が祀られています。

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空から見るとこういう角度で見ています。

アントンイソラ
さて、安曇の磯良が皇后の船の舵取りになった訳ですが、
彼は顔を白布で覆った姿で表現されます。
その理由について述べた別伝があるので、それを訳します。
前回と同じ『志賀嶋所聞録』という江戸時代の本です。
亀池亀住池
昔、息長足姫が新羅を討とうと思って、百寮を連れて打昇浜に来て、志賀皇神の助けを祈ろうと話し合って、その浜で天の岩戸の神楽を奏すことになったが、アメノウズメの舞を伝えるものがいなかった。すると、お供の者が言った。

「志賀島に安曇の磯麿という男子がいます。アメノウズメの舞を伝えています。この者を招くには神楽の妙音を演奏すると、それに感応して必ずやってくるでしょう。」と。

そこで七度磯良を召して、七度目にようやく磯良崎から小舟に乗って顔が醜いのを恥じて、亀の甲を仮面として舞衣を着て、鼓を首に掛け、神楽の音に合わせて舞いながらやって来た。
その後七日七夜の神楽を舞い遊んだ。これを伊曽良神楽という。

その時、志賀大神と勝馬大神が老翁の姿を取って池の中から二つの亀に立ったまま浮き上がられた。これこそ荒人神だ。この神は神代からこの時までは大戸小戸の三瀬に隠れ住んでいた。
今、毎年長月・11月に一日に祠官らがこの池の側でお神楽を奏するのを亀の祭りという。


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(鞨鼓の舞(かっこのまい)小林憲吾氏提供)
安曇の磯良は音楽が好きでついつい鼓を持参して現れました。
その顔は白布で覆われています。
顔を隠す意味は醜かったとか、タコツボや海藻がくっついていたなどと書かれていますが、
「イソラ」とは「シリウス」の事で、シリウスのギラギラとした輝きが
目に痛いほど強い様子を示していると書いたのは眞鍋氏です。
(五十迹手=イトテ=イソトテもシリウス)

これについては、検証が必要だったのですが、
エリさんが豊前の古表八幡神社の祭りにこの白布の神が出たと教えてくれました。
その左右には明けの明星と宵の明星に扮した女性がいたという話です。

まさしくイソラがシリウスの化身として南の空に姿を現す情景を戯曲化したものです。
海人族たちは金星とシリウスを神とあがめて心を寄せていた証しです。

この安曇磯良の読み方を高良玉垂宮の『神秘書』では「アントンイソラ」と書いています。
高良山縁起ではアントンイソラは亀に乗って釣りをしている姿として描かれていました。

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高良山縁起です。(許可を戴いて、画像が鮮明にならぬようにして出しています。)
中央に磯良。右に八乙女の舞。
磯良の上の方では豊姫が海神から干珠満珠を貰って来て竹内宿禰に渡しています。

八乙女の舞は志賀海神社にそのまま伝えられ、神楽は志式神社に伝えられています。
一つの出来事が変化しながら三か所に伝えられたのを目の当たりにしました。

西暦200年頃の筑紫を舞台とした壮大な叙事詩はこうして一つに繋がったのです。








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by lunabura | 2012-03-09 22:49 | 志賀海神社・しかうみ・福岡市 | Trackback | Comments(7)
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Commented by csaオアシス at 2012-03-10 20:47 x
志賀海神社の神は、海洋を司る神様ですから
やはり、ウミガメ(亀石)が関係してくるのでしょうね。。

じつは、島根県出雲市の日御碕沖に、謎の海底遺跡があって
いま、調査および、その一部分の発表(書籍の発刊)の準備が
日本と米国の双方にて、行われつつあるのですが、
そこの海底にも、謎の”亀石”が発見されているようです。

海底遺跡として、よく知られているものは、沖縄の与那国島と、
宗像の沖ノ島、そして、島根県・日御碕沖のものがあるのですが・・

その書籍(考古学雑誌?)によって、それら三つの海底遺跡や
海洋神と海洋民族または、海に沈んだ古代の未知の大陸との
関連性が、述べられる可能性が高いようですので、
私も、特に興味を持って、その発刊を待っています。。^^
Commented by lunabura at 2012-03-10 21:19
そうなんですか。与那国島はフェニキアでしたよね。
道真公もフェニキアらしいです。
与那国ー志賀ー宗像ー出雲と亀でも繋がるのですね。
水中考古学者のアメリカの○○さん、(名前ド忘れー古代アメリカとという本の編集者)が、聖なる北緯○○度線と言ってましたが。
ずっと昔の事で全部忘れました。すみません。
(というか英語で答えられたから、半分しか理解しなかった。)
何だかワクワクした気分だけ蘇ってきます。
本が出たら教えて下さいね。

あ~~。思い出せん。ビデオ見直そう…。
Commented by kogajin at 2012-04-01 05:04 x
はじめましてルナさん。
志賀海神社に関する記事をすべて読ませていただきました。
本当に詳しいことが載っているので、とても参考になります。
私もルナさんのように神社について理解を深めたいと思っているのですが、
どうのような文献や資料で勉強されたのか、志賀海神社に関するものだけでも結構ですので、差し支えなければ教えてください。
よろしくお願いします。
Commented by lunabura at 2012-04-01 11:58
kogajinさん、はじめまして。
神社に関する資料は『福岡県神社誌』『筑前国続風土記』と各神社に書かれている「由緒書き」です。あと各地の郷土史。
図書館にいって必要な部分をコピーしています。
由緒書きは立札や、社務所が開いていたら直接お尋ねしたりしています。
これだけの資料で取り組んでいますが、不思議に御縁が繋がっていきます。
内なる声に従って行きたい所に行くというのがコツです。
あとは声をかけるという、ちょっとした勇気かな。
膨大な数の神社の伝承なので、仲間が増えると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
Commented by kogajin at 2012-04-02 18:05 x
やはりまずは図書館で基礎的なことを学ぶべきなんですね。
そのあと神社を回ってゆっくりと知っていきたいと思います。
ありがとうございました。
Commented by lunabura at 2012-04-02 18:30
最近は神社に由緒書きが書かれている所が多いです。
せっかく桜も咲いているし、どんどん神社に出かけるのをお勧めしますよ(^o^)/
神社のある地形なんかは意外と情報が秘められていて、
それは現地に行かないと掴めないものです。
まずは「ぶらぶら」がお勧めです (^-^)
図書館は雨の日にでも。
Commented at 2016-10-04 07:24
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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