2012年 06月 05日
日拝塚古墳(1)百済と倭国を結ぶ古墳
日拝塚古墳(1)
ひはいづかこふん
福岡県春日市下白水南6丁目208番外
百済と倭国を結ぶ古墳
百済の前方後円墳から、ずいぶん寄り道をしました。
百済の地にあるこれらの古墳は倭人が作ったことが見えて来ましたが、
その中の海南長鼓山古墳が春日市の日拝塚古墳に近いという事を聞きました。
偶然にも、すぐにその古墳に行く事が出来たので今回はそのレポートです。
この古墳は住宅地が迫る丘陵のピークにあります。道案内なしでは難しい所ですぞ。

墳丘の形が綺麗に残っています。
国指定になっていたので、この敷地だけは保護されています。

後円部に石室の入り口が露出しています。

近づくと、こんな感じ。
教育委員会に申し込めば石室に入る事が出来るそうです。

今日は隙間からカメラでエイヤっと。結構見えますね。
この石室が百済の海南長鼓山古墳と似ているそうです。

そこで、二つの写真を並べて見ました。
左が日拝塚古墳。右が海南長鼓山古墳です。
確かに似ていますね。
日拝塚古墳は人が立つことができそうです。竹原古墳や王塚古墳を思い出しました。
(過去記事はサイドバーから)
百済の前方後円墳は平天井が特徴だそうですが、
この海南長鼓山古墳の天井がどうなのかは分かりません。
石室の形や副葬品など、比較した研究があったら面白そうですね。
とりあえず、一般人が簡単に手に入る情報として、まずは春日市のHPから
6世紀に築造された前方後円墳で、周溝まで含めた規模は全長60メートルほどになります。墳丘の主軸がほぼ東西を向いており、彼岸の時期には東方約16キロメートルにある大根地山(おおねちやま)から昇る太陽を拝めることから、「日を拝む塚」として「日拝塚」と呼ばれるようになりました。主軸が東西を向いて大根地山を見ているのは興味深いので、次回検証します。
主体部は、後円部中央に位置する単室の横穴式石室です。昭和4年に盗掘を受けた際、石室内から須恵器、鏡、装身具、武器、馬具などが多量に出土しており、大部分は回収され、東京国立博物館に収蔵されています。
今回は百済のものと比較するのがテーマです。
何々?出土物はいったん盗掘されたものが取り戻されたって?
これは驚きですが、その出土品もみんな東京に行ってしまった?
これじゃあ出土品が見られないぞ。
看板の写真を見てみましょう。

これはかなり洗練された副葬品ですね~。
これが、倭人たちが百済で手に入れて、故郷の首長に贈ったものだとすると、
面白いのですが、私にはよく分かりません。
妄想するのにはもっと資料が欲しいなと思って探すと文化庁のデータベースがありました。
日拝塚古墳は博多平野にあり、那珂川の右岸の低段丘上に立地する前方後円墳である。古墳は前方部を西に向けており、全長41.2メートル、後円部径22メートル、高さ5.9メートル、前方部幅34メートル、高さ5.4メートルを測る。墳丘は段築が明瞭で、葺石、埴輪は認められない。石室は後円部中央に設けられ、西南に開口する単室の横穴式石室である。玄室は長さ3.6メートル、幅2.6メートル、高さ4メートルである。羨道は長さ4.8メートルで玄室から2.5メートルは幅約1メートル、高さ1.5メートルを有する。むむ。これでも、よく分かりません。残念だなあ。
玄室奥壁寄りに屍床があったといわれるが現在は残っていない。昭和4年に開口したおり、多量の出土品が知られ、獣形鏡1面・金製垂飾付耳飾1・金環4をはじめとする装身具類、環頭柄頭をもつ太刀1をはじめとする武具類、鉄製輪鎧3組などの馬具類、須恵器等多数があり、現在東京国立博物館に保管されている。本古墳は前方部が発達した平面形を示しており、出土品の特色からもこの地域で6世紀に属する後期の古墳として典型的なものである。
(つづく)
地図 日拝塚古墳
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すごく分かりやすいです。
大根地山山頂が真東でないのをどう解いたらいいのか謎のままです。
真鍋は九州島が右回転で自転していると言い、西暦200年からは5・31度に達しているといいます。これが、よく見かける遺跡の東西線に対する5度位の差の原因かなと考えているのですが、この5・31度を考慮したらどうなるか、もし分かったら教えてください。
日拝塚古墳が6世紀なら、角度は少し小さくなりますよね。
また、カシミールでは500年頃とか、出来るんですか?
現代とは日の出ラインは差がないのでしょうか。
済みません、いろいろと質問しまして。
今年の春分点通過は3/21の日の出時刻に近いですので、これを調べると、日拝塚あたりでは89.5°の方向から日が昇ります。90°より少し北側なのは、大気の屈折で太陽1個分日の出前の姿を見ているからと、日の出が太陽の上端の位置を見ているからです。春分点通過は太陽の中心の位置を基準にしているはずですので、合わせて太陽1.5個分前になるわけです。そこから斜め右上方に昇ると90°の位置になると思います。
でも、これは標高0mから地平線に日が昇る場合です。
大根地山の頂上まで、もっと右上方に昇って、やっと太陽が顔をのぞかせるわけです。仰角で2°ちょっとあります。
日拝塚から大根地山が91.5°ですから、日の出の方向89.5°から右に2°ですね。おおまかに言って、2°昇る間に2°右側に進んでしまうという、ようするに太陽が斜めに昇るわけなのです。
だから山から昇る日の出を狙うと、東西方向には合わないのだと思います。赤道上だとまっすぐ日が昇りますので、必ず東西方向になるはずですけど…
九州島が右回転しつつあるというのは、魅力ですねぇ。私の場合は大地が動いていないことを前提としているのですが、スケールの大きな話ですねぇ…今は思いつかないのですが、何か思い当たったら、また報告します。
カシミールが対応するのは1970年まででした。日の出ラインについては太陽系内のことになるので、現代とあまり変わらないのではないかと想像しています。
日の出位置としては、二上山のようなタイプなら、谷から上がるのを観測するので、大根地などの独立峰も裾から稜線を通って登るのを観測する可能性がないかなと模索しています。
日拝塚~大根地が91・5度と測って下さってありがたいです。
文献読みの方を優先しているので、頼りっぱなしです (^_^;)
かなり尖った山になりますね。見つけたら報告しますね。
カシミールで調べたら、冬至の日は住吉大社から見て、二上山雄岳から日が昇りますね。谷ではないので残念ですが…









