ひもろぎ逍遥

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太陽祭祀線 覚え書き


ずっとブログ更新が御無沙汰ですが、訪問して下さっている皆様ありがとうございます。

ガイドブックの読者層のターゲットを変えたので、全面的に書き換えています。
大変ですが、あらたに気づく事が多くて、勉強になっています。

今回は私のブログの弱点(・.・;)である「山の上の神社や古墳」をレポートされている
筑後国造さんの、「砥上観音塚古墳」でのアイデアに触発されて
思い出話をつらつらと。

「山歩き古墳巡り」
砥上観音塚古墳
http://riki82.blog78.fc2.com/blog-entry-423.html#more

これは神功皇后が羽白熊鷲攻撃の前に登った山と言われていている砥上山にある
装飾古墳です。
ちょうど西日が古墳の奥に入り込んで来た時、
中の太陽か星を表している*や◎のマークの上に
夏至や春分の日に、太陽光線が当たるような仕組みになっているのではないかと
ひらめいたという事です。

このように*や◎のマークが、正面でなく、ずれた位置に描いてあるという点で
アイルランドの遺跡がまさしくそっくりなんです。
太陽光線が移動しながらそのマークをなぞって行く。
そんなテレビ番組があったので、見た方も多いと思います。
(例の如く、名前も忘れてすんまっせん)

私はスコットランドの方に行ったのですが、
円墳そっくりのマウンド中に入ったことがあります。
中は竹原古墳のようにドーム型になっていました。
そして、やはり夏至か冬至の光が差し込むように設計されていました。

スコットランドは緯度が高いので、夏は夜中の10時過ぎでも明るいのですが、
逆に冬は早くから日が暮れるので、冬至の日の到来を心待ちにしたようです。

遺跡に太陽観測の仕掛けをしたものがざらにありました。
ストーンヘンジもまた夏至に関わるものでした。
(石のサークルと木のサークルのツインサークルだと放送されていました。)

実は日本でもそのような仕掛けのある神社があります。
一つは大分県の八所神社(?これもまた名前を覚えていない…)でしたか、
洞窟の神社を探し廻って三つ目の神社。
そこに辿りついて中に入った時、入り日がすうっと差し込んで、奥壁を照らしました。
その日は春分の日でした。

また、福岡県の宝珠山の神社。
岸壁に彫り込まれた穴。それは「大日社」と書かれていたと思います。
そこに立つと東に三角形の山が見えました。
春分の日はきっとその左から太陽が昇るだろうと思われる地形でした。
古代の太陽祭祀の遺跡に仏教が入っ来て大日如来を祀る事になったのだろうと
話し合ったものです。

吉野ヶ里遺跡があれほど綿密な夏至冬至ラインを祭祀する仕組みを作っていたのは
私にとってはかなりの衝撃でした。
そして、その夏至ラインを観測しようとすると、日本では梅雨に引っ掛かって、
なかなか出来ないのです。
これは日本にやって来た夏至族(と勝手に呼んでますが)の不幸でした。

纒向遺跡を祭祀した人たちは春分ラインを祭祀しているので、全く別民族です。

砥上観音塚古墳の記事を見て、そんな事を思い出しました。

今回は備忘の為に書きましたが、いずれはこれらを紹介したいと思います。

さて、御心配のマカフィーは上手くいってます。
最初は一ページ開くのに7秒から2分ほどかかってましたが、今は数秒で開きます。
(これが重いという現象なんですね。)








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by lunabura | 2012-11-27 23:11 | 太陽祭祀線 覚え書き | Trackback | Comments(4)
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Commented by 筑後国造 at 2012-11-28 05:29 x
なるほど。
思いつきの妄想だったのに。
さっそく確認をしたいと思います。
しかし、冬至は平日。
3連休の前日。ちょっと無理かなあ~
すると、決行は春分の日。さらに夏至。
先は長いですね。
昔の人々も季節の節目を大切にして、時を待っていたのでしょう。
少しくらい、逸る気持ちを抑えないと。
でも今は、忘れてしまうことの方が心配です・・・
Commented by lunabura at 2012-11-28 11:19
この古墳の記事のUP日を見ると、11月3日にになっていますが、
訪問されたのはいつでしょうか。
この古墳は西に開口しているので、春分ー秋分ラインが考られるので、冬至は関係ないかもしれませんね。
東西の軸のずれがすごく気になります。
日拝塚古墳に近いずれですよね。
平原遺跡では既に一か月の歳差があるので、九州島の回転も入れる必要があるんだなと思っています。
耳納山脈の大断層を造った筑紫の大地震も軸のぶれを作ったかなと。
Commented by のら at 2012-11-29 23:56 x
砥上山に古墳があるなんて!しかも装飾古墳なんて初めて知りました(>_<)
しかも面白い説まで!!
太陽光が特定の日に奥室に入るのは、マヤとかエジプトにありましたよね?
アブシンベル神殿?
この神殿も移転で光の入る日がズレたんではないかといわれてます。

Commented by lunabura at 2012-11-30 00:57
砥上山の装飾古墳は船がいっぱい描かれています。
調べて行くうちに、麓は中つ海と呼ばれている入り海だったのですね。
*のマークは星と思っていたんですけど、昼間の船の光景なら太陽となりますね。
でも、もし太陽祭祀線があるなら、あれは古墳でなく、祭祀遺跡となるんですが…
封鎖された事が無いのが条件になります。
あるいは後に古墳に利用されたとか。
(-。-)y-゜゜゜
私も妄想が止まりません。

アブシンベル神殿も、神の方に光が当たる映像を見ましたが、
確かに移転しているので、角度は検証できなくなった事になりますよね。残念。
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