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三女神 伝承の宮々(2)


三女神 伝承の宮々(2)

今回は古事記からです。

泣いてばかりいたスサノオの命はついに父神のイザナギの命
「もうこの国に住むな。」と言われて追放されてしまいました。

そこで、スサノオの命は
「それならば姉のアマテラス大御神に事情を話してから出て行きましょう。」
と言って、天に昇る時、山川がことごとく鳴り響き、国土がみな揺れました。
(略)
アマテラス大御神は「どうして、天に昇って来たのだ。」と尋ねました。

スサノオの命は「わたしめは悪い考えは持っていません。
ただ、イザナギの大御神が私に泣きわめいている訳をお尋ねになりました。
そこで、『わたしめは亡き母の国に行きたいと思って泣いているのです。』
と答えました。

すると、大御神は『そなたはこの国に住んではならない。』と言われて、
私を追放されました。
だから、事情をお話しておこうと思って参上しました。
他意はありません。」と申し上げました。

すると、アマテラス大御神は
「それなら、そなたの心が清く正しいのがどうして分かる。」と言いました。
そこでスサノオの命は答えて、
「それぞれウケイ(うらない)をして子を生みましょう。」と言いました。

そこで、天の安の河(天の川)を中に置いて、ウケイをする時に、
アマテラス大御神が先に
スサノオの命の佩(は)いた十拳剣(とつかつるぎ)を貰い受けて、
三段に折ってユラユラと揺らして、天の真名井の水で振りすすいで、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、

息吹きの霧に生まれた神の名は、タキリビメの命
またの名は奥津島(おきつしま)ヒメの命と言います。
次に、イチキシマヒメの命。またの名はサヨリビメの命と言います。
次にタキツヒメの命。三柱です。

(略)

そこで、アマテラス大御神がスサノオの命に言いました。
「後の方で生まれた五柱の男子は、私の物から生まれたので、私の子だ。
先に生まれた三柱の女子は、そなたの物から生まれたので、そなたの子だ。」
と。

こうして、最初に生まれた神、タキリビメの命は宗像の奥津宮にまします。
次にイチキシマヒメの命は宗像の中津宮にまします。
次にタキツヒメの命は宗像の辺津宮にまします。

この三柱の神は宗像の君らが斎きまつる三柱の大神です。

こうして、スサノオの命がアマテラス大御神に言いました。
「私の心は清く、正しかった。だから、私の生んだ子は手弱女(たおやめ)でした。
ウケイの結果から言うと、私の勝ちですね。」と言いました。

宗像の奥津宮にます神、タキリ姫の命は大国主の命と結婚して、
生まれた子はアヂスキタカヒコネの神
次にイモタカヒメの神、亦の名はシタテル姫の命。
このアヂスキタカヒコネの神は今、カモの大御神といいます。

(るな訳『『古事記の神々』から一部を紹介しました。全体を見たい方はサイドバーから見に行ってね。)

これを読み直すと、三女神の親はスサノオ命になってますね。
日本書紀はアマテラスとなっていたので、これだけても大違いです。
そして、この三柱の神を祀っているのは「宗像の君」です。

タキリ姫大国主命と結婚しましたよ。(*^_^*)

六嶽神社 鞍手郡
http://lunabura.exblog.jp/i35/
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鞍手神話では、三女神は六ケ岳の崎戸山に降臨したと伝えています。
スサノオの命の剣を三つに折って生まれた女神たちなので、
ここでも剣神すなわち武神として信仰されていました。
剣を持つ武人たちの心の守護神はやはり女神なのですね。
そう。ここは物部氏の故郷の一つです。

神興神社 福津市
http://lunabura.exblog.jp/i36/
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三女神は鞍手郡から神興神社へ。
ここで神威を発揮したといいます。


宗像大社 宗像市
http://lunabura.exblog.jp/i37/
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辺津宮、中津宮、奥津宮。
陸と二つの島からなる壮大な三宮に三女神はおわします。


楯崎神社 福津市
http://lunabura.exblog.jp/i185/
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奥宮(薬師神社)
異敵が襲ってきたために、宗像大神と大己貴神が共に戦った伝承を持つ宮です。

大己貴神は先に宗像奥津宮に座す田心姫と
辺津宮に座す高津姫命を娶ったと伝えています。

三女神と三宮の組み合わせが暗記できません。
それもそのはず。沢山の異称があって、本によってどれも違っています。
だから、あまり気にしなくなりました。

メモ
さて、三女神のうち、二人の女神(ひめかみ)が大国主命と結婚しました。
そして、あの市杵島姫命も結婚していたんですね~。
お相手はニギハヤヒの子・天照日尊だそうです。
ついでに、水沼の君の祖先は物部氏。

うん。これで全部繋がったね。  (^-^)
ここは備忘録として、メモだけ書いとこ。
いつか、必ず全容を、ものにしたいと思います。








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by lunabura | 2015-01-19 20:01 | 三女神伝承の宮々 | Comments(10)
Commented by くじら at 2013-01-24 12:04 x
ルナさまへ
ガイドブックの発売、もうすぐですね。
今からわくわく楽しみに待っています。
ところで、すでにご承知かもしれませんが、加茂大神がこの国に最初に光臨したといわれる神社が浮羽市にあります。
新北の加茂神社といいます。(http://ja.wikipedia.org/wiki/賀茂神社_(うきは市))

境内摂社の三次神社は浮羽でも最も古い神社とのこと。
アジスキタカヒコネの伝承とあわせて考えるとおもしろいですね。
Commented by lunabura at 2013-01-24 21:06
くじらさん、こんばんは。
浮羽に「新北」があるのですか (@_@。
しかも、加茂神社とは…。むむ。
アジスキタカヒコネは高良山の麓と兼ね合わせて、参拝したいものです。
いつも情報ありがとうございます。
教えていただいた神社はどれも未訪問ですが、だんだん包囲網が狭まっていく感じもします。
その時はよろしくお願いします。 (^-^)
Commented by くじら at 2013-01-25 19:01 x
あ、今地図で確認したところ、「山北」の間違いでした /(@0@)/
境内には非常に古い古墳があり、かつてはこの付近が筑後川の河口だった時代があったと思われます。物部郷も近くにあり、大陸からの渡来系氏族の重要な拠点のひとつと考えられます。
Commented by lunabura at 2013-01-25 22:13
エキサイト閲覧不能でびっくりした~。
改めてくじらさん、こんばんは。
「山北」ですね。それなら知ってるかも (^-^)
物部氏はかなり古いですね。想像以上。
あれほど福岡の広いエリアに分布するには、100年200年じゃないような。
早く新たなテーマに取り掛かりたいけど、今、牛の歩みです。
(+_+)
Commented at 2013-03-29 21:22 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2013-03-29 21:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2013-03-29 21:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2013-03-29 22:36
非公開さん、やばい。
ここにも鷹が飛んで来たって?
これはオープンで行きましょう。
でも、あと一週間手が付けられません。 (+_+)
その間に、解説と意見を入れてくださいませ。訳も。
編集して、記事に出して、みんなで考えましょうよ。
Commented by 桜もち at 2013-03-30 00:21 x
では!『公開討論』ということで。

ご存知の通り、私の文章力で『訳』は無理ですっ!
原文のまま記事にされた方がダイレクトに伝わると思います…(涙)
その代わりに、問題提起をさせて頂きます。…これなら私の拙い文章でも大丈夫ではないかと。…たぶん。

ところで!他にも『鷹』の話があるのですか?
田川の古称は『鷹羽』ですよ。因みに、英彦山の隣は『鷹ノ巣山』…豊前坊(高住神社)のある山です。

では1週間かけて(笑)…私の個人的意見と、討論すべき問題点をコメントさせて頂きますね!
Commented by lunabura at 2013-03-30 00:40
桜もちさん、それではこの上の非公開コメントを記事にしてUPするので、
その下にコメントを入れて行ってください。
討論にはならないと思いますが…。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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