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船原古墳(3)被葬者の生きた時代


船原古墳(3)

被葬者の生きた時代

さて、この古墳の成立時代について現地説明会では聖徳太子の名前が出たけど、
その前か後か忘れちゃった…。(-_-;)

西日本新聞には馬具の時代が「6世紀末~7世紀初め」と書いてあるので、
今回はこの時代の筑紫ってどんな時代なのか、復習してみることにしました。
ターゲットは550年から650年の100年間。

まずは右のサイドバーから該当する時代を抜き出します。

552 蘇我稲目vs物部尾輿
562 伽耶諸国が滅亡570 蘇我稲目死去
572 敏達天皇・30代 即位
585 用明天皇・31代 即位
587 崇峻天皇・32代 即位
589 隋興る
592 推古天皇・33代 即位
5×× 手光南古墳 蛇行鉄器
5×× 王塚古墳 装飾古墳 馬具
5×× 竹原古墳 装飾古墳 馬具
5×× 仙道古墳 装飾古墳
--------------------------------------------------------------------
602 来目皇子対新羅で筑紫へ
603 来目皇子死去
603 当麻皇子対新羅で筑紫へ
603 鞍作止利造仏工に任命
603 高句麗建造費を倭に贈る
607 聖徳太子遣隋使を派遣
618 唐興る
621 聖徳太子薨去
623 法隆寺の釈迦三尊像できる
629 舒明天皇・34代 即位
630 遣唐使はじまる
632 新羅・善徳女王 即位
642 皇極天皇・35代 即位
645 中大兄皇子乙巳の変

教科書に出て来るビッグネームがずらり。
日本では天皇が次々に交代。
対外的には加耶が滅亡。
つまり任那を失ったこと。
これは筑紫に大きな影響を与えたことでしょう。

聖徳太子の兄弟の来目皇子や当麻皇子が次々に派遣されたけど
来目皇子は糸島で亡くなり、当麻皇子は妻が亡くなった。

次はウィキペディア。
日本書紀によれば、飛鳥時代にも朝鮮半島への軍事行動が計画された。西暦562年、任那日本府が新羅によって滅ばされた。これを回復するための「征討軍」が推古朝に三度、計画され、一度目は新羅へ侵攻し、新羅は降伏している。

この戦いはきっと筑紫全体を巻き込んで、
この船山古墳の被葬者もその嵐の中で生きたことでしょう。

次は、小郡市にある「黄泉の道」シリーズの古墳巡りを一人で巡って考えた過去記事の一部です。
五つの古墳の中で、「井の浦一号墳」が同じような時代だったので、再掲します。

(前略)
古墳の資料はこれ以上は無いのですが、「6世紀後半」だというのが分かったので、
その時代の筑紫を調べてみることにしました。

被葬者が500年代の後半に亡くなっているという事から
550年前後~末にここで何が起こったかという事を調べれば、
被葬者が生きた時代が分かる。
という事で、小郡市史を読んでにわか勉強をしました。


被葬者が見た時代とは
朝鮮半島では、6世紀半ば以降、百済・新羅・高句麗による天下取り合戦が激化。
538年、倭人が鉄を運び出していた南加羅が新羅に奪われ、
562年には大伽耶も新羅の保護下に入ってしまう。
日本書紀ではこの事を「新羅は任那の官家を滅ぼした」と書いている。
倭国が任那を失ったことを意味している。

欽明天皇556年、百済の王子・恵(けい)が帰国する時に筑紫の水軍がこれを護衛し、
また別に「筑紫火君」(つくしひのきみ)が勇士1千を率いて護送した。

「筑紫火君」の本拠地は鳥栖市の旧養父郡に推定されている。
その北の基肆郡を物部系国造が統治していたと推定されている。

崇峻天皇は591年、任那の再興を企てて、2万余りの大軍を筑紫に向かわせる。
「大将軍」には紀・巨勢・大伴・葛城の各氏から4人が選ばれた。
この大軍が大和を離れると、翌年に明日香の地で
蘇我馬子・額田部皇女・聖徳太子らにより、祟峻天皇が暗殺される。

新政権は「筑紫将軍所」に内乱のせいで「外事」を怠らぬよう早馬を出す。
祟峻天皇の命で朝鮮半島へ出兵するはずだった大軍は
3年9か月もの間、筑紫に滞在したままだった。

以上、市史から関係がある部分だけをまとめてみました。

被葬者が生きた時代には大きな事件として
556年に「百済王子を護送する。」事と
591年に「新羅攻撃軍が2万余り筑紫に滞在した。」
という事があったのが分かりました。

591年
井の浦古墳の被葬者は591年の2万の大軍を見ることが出来たでしょうか。
微妙ですね~。もう亡くなっていたかも知れませんね。

それにしても2万の大軍とか、どこに駐留させたのだろう。
「筑紫将軍所」って太宰府なんだろうか。
これだけの人数の兵糧をどうやって賄ったんだろう。
(いろいろと謎が生まれます…。)

ちなみに、603年には来目皇子が筑紫の志摩で亡くなってます。
聖徳太子は任那奪回は本気だったんですね。

556年
556年の百済王子の帰国の時には古墳の被葬者はきっと生きていたでしょう。
この時に百済王子を送ったのが、筑紫の水軍と筑紫火君たちです。
「筑紫の水軍」が養成された所として、この筑後地方は有力だったでしょう。
この被葬者も直接関わったかもしれません。

「筑紫火君」は筑紫の君と肥の君が通婚して出来たそうです。
本拠地がすぐ近くの養父郡(鳥栖市)なんですから、
被葬者は筑紫火君の動向を全神経を傾けて見守った事でしょう。

この6世紀後半の筑紫の風景って、
対新羅の緊張がずっと続いていたんですね。
古墳から武具がたくさん出てくるのもうなづけます。
この古墳の被葬者もこの高台から、
広い川の向こうに新羅を見据えていたのかも知れませんね。

今こうして読み直すと、すっかり忘れてた (+_+)
表現が少々変なところもあるけど、まあ良しとしよう。
以上は小郡市の古墳の話です。

古賀市の船原古墳の馬具が「6世紀末~7世紀初め」ということなら、
小郡市の井の浦古墳の被葬者と同時代を生きたのかも知れませんね。

556年に「百済王子を護送する。」に関わったかな、
それとも591年に「新羅攻撃軍が2万余り筑紫に滞在した。」に関わったかな。

2万余りという大部隊ですから、駐屯地はいきなりの人口増加で、
兵糧やら何やらで、筑紫の豪族たちは大変だったことでしょう。
そんな時代に船原古墳の被葬者は生きていた。
亡くなった後に、その功労を讃えられて金銅製の豪華な馬具が贈られた。
(今のところ、追葬ではないかと想像しています)

古墳の中からも金銅製のものが出土しているので、よほど身分がある人なんですね。


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左のブルーシートが掛かったのが船原古墳。右の盛土はただの盛り土。


井の浦古墳はこちら http://lunabura.exblog.jp/16684888/




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by lunabura | 2013-04-23 00:14 | 船原古墳・古賀市 | Trackback | Comments(5)
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Commented by 新羅を撃つ軍勢は志摩郡に結集 at 2013-04-23 10:50 x
新羅への出兵基地ですが、『書紀』推古10年(602)夏4月「将軍来目皇子、筑紫に到ります。乃ち進みて嶋郡に屯みて、船舶を聚めて(結集の意)軍の粮を運ぶ」とありますから、旧嶋郡の今津湾と深江湾だったと思われます。
また食糧について、『書紀』に宣化元年(536)官家(屯倉)を那津の口(今津湾付近か)に修り造て、全国の屯倉の穀を運ばせたとあります。
ちなみに、『和名抄』の志麻郡に、「韓良・久米・登志・明敷・鶏永・川辺・志麻」とありますから、来目皇子も案外志麻郡「久米」出身なのかも知れませんね。
Commented by 愛読者 at 2013-04-23 10:53 x
失礼!うっかりエンターキー叩いてしまいました。上のコメントは私のです。
Commented by lunabura at 2013-04-23 21:49
愛読者さん、ありがとうございます!
『日本書紀』に書かれているんですね。
那の津口は今もあります。
中州を流れる那珂川が博多湾に注ぐあたりです。
今ではラーメンが有名で、昔も今も兵糧に関係あった?(珍説なる新説)
任那も那の津も「官家」があったというのも、興味深いですね。
Commented by 愛読者 at 2013-04-23 22:18 x
あの川沿いの屋台村が「那津の口」だったんですね!
結構酔っぱらった記憶があります。
何か遺跡が残ってればいいんですが、きっと川に流されているんでしょうね。
Commented by lunabura at 2013-04-23 22:35
那の津の官家はまだ特定されていないと思います。多分。
福岡空港辺りが候補でしょうか。
古代の筑紫に関しては、まだまだ宿題が沢山ありますね。
フィールドワークとラーメンは条件反射的に繋がっています。
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