ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

七支刀 369年説と468年説(2)


七支刀 
369年説と468年説(2)

さて、石上神宮の七支刀の銘文の年号が欠字なのに、
どうやって369年と判読されたのか、どうしても分からない。

その銘文がこれ。

「泰■四年」

これを「太和四年」と読むそうだ。
わざわざ字画の多い字に変えたのは何故?
「泰」=「太」となった事情が知りたい。

そこで、るな探偵は思いついた。
そうだ! 年号に詳しい愛読者さんに教えてもらおう!

369年説について
(るな)
少し教えていただきたいのですが、七支刀の年代について、
その銘文の写しを見ると、肝心の年代の部分の一字が欠落しているのですね。
きっと多くの研究で369年となったと思うのですが、
実際は2、3年の誤差があるのでしょうか。

私は、日本書紀の年代に合わせて無理に年代が決められているのだろうかと、
不思議に思ったのです。
この年代によって、神功皇后が4世紀の人となっているように見受けられます。

年号については全く分からないので、この辺りがどうなっているのか教えていただけますか?

(愛読者)
ご指摘ごもっともです。
正確には「泰■四年」で■は読めていません。

「泰」に該当する年号としては東晋の「太(泰)和4年(369年)」か、西晋の「泰始4年(268)」または南宋の「泰始4年(468)」で、銘文からだけでは決定できません。

物理的に明らかにできない以上、文献や史的事実との整合性を検討し、論証する必要がありますが、神功皇后紀52年に七支刀記事があることから、

①神功・応神紀が2運120年ずれているのは、『三国史記』で405年乙巳の百済の阿花王死亡が、『書紀』では応神16年(『書紀』紀年285年乙巳)に書かれていること等から明らかであること、

②神功紀には半島での新羅・百済をめぐる戦闘が記されているが、新羅・百済の成立は4世紀後半で、3世紀では史実にあわないこと(ちなみに国名を明らかにして中国に朝貢した最初は百済が347年、新羅377年です)、

③逆に高句麗広開土王の碑の391年に倭が百済、新羅を破り臣民としたとの記述から、このころ倭国が半島で神功紀にある軍事行動を起こしていたことは疑えないこと、

などから、今は泰和でほぼ異論のないところとなっています。もっとも石上神社の七支刀が神功紀の七支刀とは違うと考えればこの考えは成立しませんが・・

この様ですので、単に『書紀』記事と合わせて解釈しているわけではないと思います。(一方、泰始との解釈は、あまり成功しているとは思えません。)

なお宮内庁は、『書紀』が神功皇后陵とする狭城盾列陵とは佐紀盾列古墳群のこととしていますが、調査では4世紀から5世紀初頭以降の築造となっているようです。

会報では中心的な論点ではなかったので、紙面の関係からその辺は省略し断定的に「泰和」と書きましたが(註)でも入れておいた方が良かったかなとも思います。

また、神功皇后紀52年(『書紀』紀年壬申252年)を120年ずらせば372年になり、369年とずれますが、百済の史書は干支で記述されていたと考えられるので、刀の鍛造が369年で献上が372年で神功紀の120年ずれで合っているとするのが合理的だと思います。

ただ369年という年に重要な意味があるはずで、
九州王朝説なら高良記の玉垂命三潴遷都とも一致し、
かつ新羅との戦闘に備え博多湾岸から筑後に都を移したということになり、
神功皇后の新羅との戦闘記事とも整合するときれいに説明できると思っています。

私は神功皇后のモデル前つ君・卑弥呼・壱予・玉垂命を含む
九州王朝の歴代女帝だと考えています。

海外史書に記す倭国女王は近畿天皇家には存在しなかったので、『書紀』編者は神功紀を作って「まとめて」近畿天皇家の人物に見せかけたというのが真実だと思います。

(るな)
(略)年号が読めないという点で、私は、この七支刀は神功皇后の年代特定の資料にはならないと思っています。その点も含めて、掲載を許可していただければと思っています。

(愛読者)
引用はいくらでもどうぞ。
ただ全体の論の主旨は「『書紀』編者は、大和朝廷の「気長足姫尊(実年代不明)」を「神功皇后」と命名して、そこに卑弥呼・壹予・玉垂命・橿日宮の女王など「筑紫の女王」の事績を入れ込んで「神功紀」を作った」というものです。

 従って、「神功の実年代」とは、より正確(厳密)に言うと「『書紀』に書かれた『神功皇后の三韓討伐』部分のモデルの実年代は玉垂命と一致する」というものですので誤解の無いように。この部分(三韓討伐)では七支刀は十分根拠資料となると考えます。

 卑弥呼はじめ複数の人物の事績を集めたのが『神功紀』であり、周防に遠征したり、魏に使者を送ったり、香坂皇子、忍熊皇子を討伐したという神功の事績のモデルの年代とは明確に違いますし、当然大和朝廷の「気長足姫尊(息長帯比売命)」や「仲哀天皇」の年代をさすものでもありませんから。

 以上よろしくお願いします。

以上、愛読者さんから丁寧な説明をいただきました。

「泰■四年」は「太和」と読んで369年説となる理由が網羅されていて
とても分かりやすい説明でした。ありがとうございます。


次にもう一つの説を紹介します。
468年説について
先週、本棚にあった本(まだ読んでいない(・.・;))をパラパラとめくると、
「泰■」について、別の見解が書いてありました。
グッドタイミング。
これも参考になるので書き写します。

泰□4年は468年

奈良県天理市の石上神宮に伝えられている七支刀の銘文は、鉄刀であるために錆びて不明な文字があり、解読には福山敏男ほか多くの異説がある。(略)

これまで、大多数の解読は「泰和4年5月16日丙午正陽」を
西晋の太和4年(369)としてきた。わたしも長い間それを疑わなかった。
泰和=太和なら、太和4年は、藤大臣が大善寺に玉垂宮を完成し、神功が貴国の統治を確立したという369年己巳にきれいにつながるからである。

神功=倭王旨でさえあれば、百滋王世子がその時点で倭王のために百錬の七支刀を造ったという想定はどこにも不自然がことがないと思われた。七支刀は百済と倭を結んだ友好のシンボルとも理解することができるだろう。

しかし、この銘文の年号は、太和ではない。泰□である。銘文の研究の初期には四世紀太和説が有力であったが、近年は五世紀泰始説が説得力を増してきている。

 七支刀の製作年が西晋の太和4年(369)でないことは、百済が西晋に朝貢して余句がはじめて冊封されたのがカンアン2年(372)であることから明白である。宮崎市定が指摘するように、朝貢国が冊封される以前に宗主国の年号を使用することはあり得ないからである。 

 すると泰□4年は宋の泰始4年(468)で、その場合の七支刀の贈り主は仇台百済の余慶(455~475)ということになる。 (略)
(兼川 晋 『百済の王統と日本の古代』)

これによると、369年よりさらに100年後ということで、
るな的には未踏の分野になるのでした。

ということで、今回は石上神宮の七支刀の製作年代についての大まかな争点を学びました。
これですっきりです。 

う~む。歴史はやはり奥が深いな~。


c0222861_20201764.jpg



いつも応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-05-17 20:23 | 七支刀 | Trackback | Comments(3)
トラックバックURL : https://lunabura.exblog.jp/tb/20222183
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by エゾリス at 2013-05-19 11:50 x
るなさん、こんにちは。
七支刀の説明、よくわかりました。

次は「こうやの宮」の七支刀が気になります。
物部と関係があるのでしょうか?
邪馬台国を追いかけているうちにいろいろな所を
うろうろすることになってしまいました。
でも謎解きは楽しいです。
秋にもう一度九州に行こうと計画中です。

それまでにたくさんの本を読んでおかなくっちゃ。
そのときには博多駅の卑弥呼を探します。
Commented by lunabura at 2013-05-19 17:20
エゾリスさん、こんにちは。
「こうやの宮」は別名「磯上物部神社」で、近くには「田中物部神社」(あいまい)というのもあります。
で、地元の方に物部氏の伝承を尋ねると、特に残っていないということです。
グーグルで近辺を見ると、こんもりとした森はほとんどが神社です。
天智天皇も寄っているし、大変重要な村です。
私は弥生時代のコンミューンの原型が残っていると仮説を立てています。
Commented by lunabura at 2013-07-25 20:13
Evognoppy さん、こんばんは。
毎日訪問してくださって、ありがとうございます。
せっかくのコメントですが、話題が逸れているので
削除させていただきました。
ごめんなさいね。
でも、これからもよろしくお願いします。
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー