2013年 08月 07日
宇佐・安心院トレッキング(7)隋神像 四社を拡大してみた
四社を拡大してみた
田川市の香春神社と糸島市の宇美八幡宮の隋神像が話題になったので、
二社の隋神を拡大してみましょう。
また、他に隋神像を控える宇佐八幡宮に対して妻垣神社が
比売神について別神を伝えているので、それも参考にしてください。
香春神社 福岡県田川市

左

右
御祭神は
第一座 辛国息長大姫大自命(からくにおきながおおひめおおじのみこと)
第二座 忍骨命(おしぼねのみこと)
第三座 豊比賣命(とよひめのみこと)
です。
宇美八幡宮 福岡県糸島市

左

右
祭神
[上宮] 仲哀天皇
[本宮] 応神天皇 神功皇后 玉依姫 瓊々杵尊 気比大神(天日鉾尊) 菅原大神
宇佐八幡宮 大分県宇佐市

左 阿蘇の神

右 高良の神
宇佐八幡宮の隋神像は 「左 阿蘇の神」 「右 高良の神」 と分かりました。
祭神
一之御殿 八幡大神(誉田別尊(応神天皇))
二之御殿 比売大神(多岐津姫命・市杵島姫命・多岐理姫命)
三之御殿 神功皇后(息長帯姫命)
妻垣神社(足一騰宮) (ともかきじんじゃ・あしひとつあがりのみや)大分県安心院
同じ八幡宮の八ヶ社の一つ、妻垣神社は
記紀に足一騰宮という名称で出て来る古社です。
その隋神像です。帯の模様が手掛かりになりそうなのですが。

左

右
祭神
比咩大神(玉依姫命) 八幡大神 神功皇后
妻垣神社が比咩大神を玉依姫命としている点が宇佐八幡宮と大きく違っています。
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『古事記』のように神武が船で行ったとするなら妻垣の場所までは無理そうです。
「一柱騰宮」の位置について諸説ある中では、宇佐市拝田(鷹栖観音付近)の立地が宇佐川に面し、開けてもいて一番いいようです。
どれもあまり根拠はありませんが・・
高良の神と玉垂命は分けて考えていいでしょうね。
「玉垂命」は「襲名」みたいなもので代々の当主(王)の肩書、「高良の神」は箱崎か宗像あたりから筑後に来て、高良山の高木の神を「追い出して」鎮座した初代の「女王」かと想像しています。
「女王」が担ぎ上げられた背景には対高句麗戦とか新羅の侵攻といった「危機」の到来と「天照・宗像三女神・卑弥呼・壱予」などの信仰や伝承があったと思われます。
卑弥呼・壱予も、もと「男王」だったものを「騒乱・危機」を鎮めるために擁立されたと書かれていますので。
きっと「呪術的・宗教的」な役割を果たす女王だったんでしょう。
上宮には磐座があるということで、今回は一部だけでした。
神武天皇が東征前に結構各地を廻っているようなので、
また新たな発見があるかもしれません。
宇佐八幡宮で高良の神と阿蘇の神が隋神になってしまっていたので、
これもまた謎解きの手がかりになりそうですね。








