2015年 05月 12日
八幡の謎(3)風姓呂氏
八幡の謎(3)
風姓呂氏
前回、分からなかった「風姓呂氏」について、コメントで教えていただきました。
助かりました (^o^)/
関連する部分だけ、掲載させていただきます。
桜もちさんより。
「風姓呂氏の頃から知っていた…」とは、呂不韋の『呂氏春秋』のことを指しているのでしょうか。
内容に関しては殆ど無知なのですが…当時最高水準の百科事典だと始皇帝関連の本で読んだような…。
記憶が曖昧なのでスルーして下さい…。
いえいえ、スルーできませんぞ。
私も、たまたま資料を見ていたら、『呂氏春秋』が出て来たので、
これかも!と思ったところでした。
秦の始皇8年(紀元前239年)に完成したそうですね。
こんばんわんさんより。
風氏呂氏は「古代中国(春秋時代以前?)」といった意味ではないでしょうか?
風氏は中国建国神話に出てくる有名な女禍などが風氏であったとあります。
呂氏は桜もちさんの言う春秋時代の呂氏(秦の宰相)などしか私も思い浮かびません。。。
参考:『中国姓氏事典』
「上古、三皇の一人伏羲氏(太昊)がこの姓を伝えた。また女媧氏も風姓であり、
春秋時代、宿、須句、顓、臾等四国を治めた者は、すべて風姓を名乗ったという。」
ちなみに、私もにわか勉強してみたところ、この風氏はシュメール人の風の神「エンリル」に通じるものがあり、エンリルの神の秘数(トーテム)は「50」だそうです。
このエンリルも黄泉の国に行かされたり、戻ったりしており、日本の神話との相似性も伺えます。また、シュメール人の暦(古代バビロニア)は、日本との旧暦と似ている点があるそうで一日は日没から始まるそうです。
日が暮れて政務をしていた古代日本もそうだったのかもしれませんね。
なるほどですね!
興味深い話ばかりです。女媧(じょか)に姓があったとか想像もしませんでした。
女媧とは。
中国神話の女神。半人半蛇の姿。伏羲の妹であり、夫婦であるという。三皇(伏羲、女媧または黄帝、神農)の一人。
女媧は伏羲のあと王になった。人間を土(黄土)から創ったという。はじめは丁寧に、疲れてくると縄を泥につけ、ぐるぐる回し、泥がはねて人間になったという。できの良い人間と悪い人間の差はこのせいだという。
http://www.jiten.info/dic/asia/joka.htmlより

伏羲(ふっき、ふくぎ)
二人の持ち物を見てください。コンパスと定規を持っています。
周囲にあるのは星座ですね。時代は古いぞ。
兄の伏羲の方を調べてみました。
伏羲(ふっき・ふくぎ、- Fu Hsi または Fu Xi、紀元前3350年~紀元前3040年)は古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王。宓羲・包犠・庖犠・伏戯などとも書かれる。伏義、伏儀という表記も使われる。
三皇の一人に挙げられる事が多い。姓は鳳(凤)姓。兄妹または夫婦と目される女媧と同様に、蛇身人首の姿で描かれる。伏羲の号には、縄の発明者葛天氏も含まれる。また、現在の中国では、中華民族人文の始祖として崇拝されている。 wikipedia
これで時代が分かりました。
春秋時代は紀元前771年~前403年。
風姓の時代になると紀元前3350年~紀元前3040年。
この時代の技術。金星の和名の再掲です。


これは鐘ですが、左が紀元前9世紀のもの。右が紀元前3世紀のものです。
左の物とか、女媧より古い (@_@;)
古代の技術はどうしてこうも高度なんだい。
なるほど、真鍋大覚もこれを背景にして、風姓呂氏を古代中国という意味で使っているんですね。
それにしても、のらさんのコメントに、「黄帝社が須佐にある」とあったのも、
気になります。
須佐は良く読む作家さんの本の中に広島の三次を囲むように三角形が出来る拠点の一点が須佐の高山と言う事で興味を持っていた位です。
高山は昔は『神山』と言われていたらしいですね。
黄帝社なる神社があるそうですが、ココも神様の変換があったようです。
黄帝という名前は日本的じゃないので、どうしてこんな名が?
と気になったのです。
そうしたら、上で引用した中に、
三皇とは「伏羲、女媧または黄帝、神農」とあるではないですか。
祭神は誰だろう。
気になるシンクロニシティですね。
さあ、とりあえず、これで続きを読む準備ができたぞ。^^v
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