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ひもろぎ逍遥

高天原 ふりさけ見れば 月が見えるかも


高天原 ふりさけ見れば 月が見えるかも


「碇が見えるでしょ」
「あっ。ほんとだ!」
「昔はもっとあったのですが、砂に埋もれて少なくなりました」

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道路から下を覗くと渚の自然石の間に人工的な直方体が。
福岡の各地の神社でもよく見られる碇石です。

近くに蒙古塚があり、蒙古軍がここにも上陸しようとして全滅しています。
この碇石が元寇の時代のものと言う訳ではありません。
が、この一帯は船着場として昔は利用された渚だという証しです。

ここに来た目的は、実はかつて巨大なムクノキがあったという話を聞いたからでした。三人で手をつないでようやく届くような大きさだったそうです。

昭和になって志賀島を一周する道路が出来た時に伐採されたそうです。
そこには近づいてはならぬという磯良瀬と丸瀬があるといいます。

椋の木は隕石落下地点の目印でした。
近づいてはならぬ二つの瀬というのは、隕石のため?
そんな予想を立てて行ったのですが、ちょっと違ったようです。


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右は丸瀬。小さな岩に鳥が止まっています。

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左は磯良瀬。
現地を見て、どちらも暗礁があるので危険だから近づくなということだと思いました。

そして、その二つの瀬に挟まれた所に、古戸清水があるのです。
清水は山の中にあって、猪の足跡があり、登りませんでしたが、
水が小さな川となって流れていました。
古代の船乗りたちは、二つの瀬を門のように見て、最後の水を手に入れたことでしょう。


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そして、さらに左の方を見ると、福岡タワーが。
中央左よりに、宝満から三郡山が見えました。
宝満山やその横の宮地岳は御笠山(三笠山)とも呼ばれていました。

そして、今いる浜の北のほうには「高天原」という場所があるのです。
「高天原」は海岸近くの海域にあります。

そう。
思い出したのです。あの歌を。

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

今いる志賀島の高天原に船を漕ぎ出すと、
春日方面の三笠山の方角に月が出るのを見る事ができるんですね。

しかも、この志賀島にも三笠山があるのです。
志賀海神社は春日大社の元宮だね…。(これは関係ないか…)

写真で見えている範囲は博多湾で、水深が浅く、小舟しか渡れなかったそうです。
アマ(船乗り)たちが小舟を漕ぐ光景からアマノハラと呼ばれたんですね。

ですから、阿倍仲麻呂もここまでは小舟で来て、いよいよ外洋船に乗り換えたのでしょうか。
あるいは、遣唐船に乗ったままだったのでしょうか。
志賀島には空海も立ち寄った記録があります。

以上から、この歌が志賀島の高天原付近で詠まれたとしても問題ないことが分かりました。

愛読者さん、いかがですか?
ここも、いい線行ってますよ。

そして、今日は何とまあ、くるま座さんにも会いまして。
「天拝山から見た、御笠山(宮地岳)に昇る月」を激写した写真をいただいたのでした。

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(これは春日の「月の浦」から見た光景とほぼ同じとか。
しかも、その麓に「宮地岳を昇る月とこの歌を書いた掛け軸」を伝える家を発見したとか。)

ということで、二つの説が出ました。

A「春日の月の浦」から見た「三笠山の月」。
B「志賀島の高天原」から見た「春日の方の三笠山の月」。
う~ん、悩むな…。
よし。
C B+C 志賀島で三笠山の月を見ながら、Aを思い出している。
これで行こう。

今日は「三笠山と月」のシンクロニシティの日でした。


高天原(1)福岡県東区志賀島弘
志賀島に高天原があった なぜ海の中に高天原がある?
2000年前の博多の姿
http://lunabura.exblog.jp/13654361/


月の浦 月の浦から見える天体ショーを発見
万葉歌「天の原 ふりさけみれば~」は禁忌の歌だったのか? 
http://lunabura.exblog.jp/17342596/


高天原と宝満山(御笠山)


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by lunabura | 2013-11-16 21:48 | 志賀島の各地 | Comments(0)

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