細石神社(4)高祖神社にはコノハナサクヤ姫の皇子が祀られている
細石神社(4)
高祖神社にはコノハナサクヤ姫の皇子が祀られている
細石神社の参道を歩くと、ずっと目に入ってくる高祖山。
参道の正面ではないのに、心はそちらに魅かれます。

気づくと何枚も写真を撮っていました。
伝承では、コノハナサクヤ姫はこの辺りででヒコホホデミ命を出産したといいます。
そして、そのヒコホホデミ命はあの高祖山の祭神となりました。
再び、奥村玉蘭の『筑前名所図会』を見てみましょう。(るな訳)
「佐々禮石の社」(さざれいしのやしろ)
三原村にあり。
この神は高祖大明神の御母という。だから木花開耶姫を崇め奉るのだろう。神体は小石なので「さざれ石」というのだろう。
(三原村は三雲村の誤りでしょう)
「佐々禮石の社」とは「細石神社」のことです。
「彦火々出見尊の御母」が当宮のコノハナサクヤ姫です。
高祖神社
あの高祖山には高祖神社があります。

祭神は主座に彦火々出見尊。
左座に玉依姫命、
右座に息長足姫です。
息長足姫(神功皇后)が祀られているのは、
皇后がこの社を乾(いぬい)の方角に向けて建立したからと言われています。
神功皇后は五十迹手(いとて)に案内されて、この宮に祈願に来たのです。
五十迹手は代々この神社を守っていたそうです。
神功皇后はこの彦火々出見尊に祈願したということになります。
祭神としての息長足姫の名はこののち追加されたことになるので、
上書きされる前の古い神が存在していたと思われます。
謎の高磯比売神
その古い女神の名がどうやら高磯比売神と思われます。
境内の由緒書に
〈『三代実録』には「正六位高磯比賣神に従五位を授く」〉とありました。
この高磯比売神のことが皆目、分からなかったのですが、
wikipediaの「細石神社」に次のように書かれていました。
この「細石神社」の祭神は「磐長姫、木花開耶姫」である。つまり主祭神は「女神二柱」である。
この事からと、昔は「高祖神社から神輿が細石神社に下る(上る?)」神幸があったという事から、この「細石神社」は「三代実録」に記載された「元慶元年(877年)、高磯ヒメ神に従五位下を授ける」とある「高磯ヒメ神」であると考えられると三雲の氏子は云っている。
三雲村の人たちは、「高祖神社の高磯姫神」とは「細石神社の女神」のことだと言っているんですね。
ですから、高磯姫神とは木花開耶姫を指しているのが分かりました。
(磐長姫も含まれているのかもしれませんね)
しかも、「高祖神社から神輿が細石神社に下る(上る?)」ということなので、
お子神が木花開耶姫の元に神幸するということになります。
これを補強する話が別のブログにコメントされていたので引用します。
高祖神社の正面で、確か、この細石神社から、末の娘が嫁に行くとか言う神話がありませんか?それで、神楽が4月26日ごろに毎年あります。
とあります。
「末の娘」とはコノハナサクヤ姫のことですね。
これらから、神功皇后が参拝した頃は、高祖神社にはコノハナサクヤ姫と彦火々出見尊の母子神が
祀られていた可能性が高くなりました。
こののち、神功皇后の神名が上書きされたんでしょうね。
地図 細石神社 高祖神社
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手が付けられない状態です(^^;

私もまだまだ修行中ですが、メモしておかないと、すぐに霧の彼方です ^^