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ひもろぎ逍遥

細石神社(5)「さざれいし」が「砂鉄」なら


細石神社(5)

「さざれいし」が砂鉄なら


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「さざれ石」は「小さな石」ということでしょうが、
どうして木花開耶姫の神社の名に付いているのでしょうか。

「君が代」にも「さざれいし」が出て来ますが、それについて
真鍋大覚が解説していたのを思い出しました。

「さざれいし」とは砂鉄、即ち磁鉄鉱(Fe3O4)の結晶である。これを鉄に還元する名匠が伊迹師(いとし)、或いは五十氏(いそし)、後に万葉の頃は石上(いそのかみ)であった。

「いわほ」とは鉄のことである。鉄が分解して赤鉄鋼(Fe2O3)にサビとなって、苔が吸収されるまでの過程を述べた古歌だった。

しかし、この歌の内容を見る限り、砂礫が地球の造岩作用によって岩石に固結し、ついには風化して塵埃となり、草木に吸収されるまでの過程を説いたことになる。
(『儺の国の星・拾遺』)

「さざれいし」とは「砂鉄」のことだと真鍋は言います。
「いわほ」は「鉄」です。

これを作る名匠を「伊迹師、五十氏、石上」と言ったと伝えています。
             (石上といえば、物部氏ですね)
「いとし」「いそし」は音韻変化したものでしょうが、
あの仲哀天皇(神功皇后の夫君)が伊都国の五十迹手(いとて)を
「いそし」と誉めたシーンが『日本書紀』に出て来ます。

また筑紫の伊都の県主(あがたぬし)の祖・イトテが天皇が行幸したのを聞いて、五百枝(いほえ)の賢木を抜き取って、船の艫舳(ともへ)に立てて、上の枝には八坂瓊(やさかに)を掛けて、中の枝には白銅鏡を掛け、下の枝には十握剣(とつかのつるぎ)を掛けて、穴門の引島に迎えに来ました。

そうして、
「私めが、わざわざこれらの物を献上する訳は、天皇が八坂瓊が優美に曲がっているようにあまねく治めて下さいますよう、また白銅鏡のように山川海原を明確にご覧になれますように、そうして、この十握剣を掲げて天下を平定してくださいますようにという意味からです。」と言いました。

天皇はイトテを褒めて、「いそし」と言いました。これから、イトテの本国を名付けて、伊蘇(いそ)の国と言うようになりました。今、伊都と言うのは訛っているのです。
21日に儺県(なのあがた)に着いて、橿日の宮に居を構えました。

仲哀天皇の都だった下関市の豊浦宮を新羅の塵輪が襲撃したために、
天皇たちは佐波(防府市)に疎開していました。

熊鰐三種の神器を掲げて迎えに行きますが、
この伊都国の五十迹手もまた三種の神器を掲げて彦島まで迎えに行きます。

この「三種の神器を掲げる作法は正装」だと和布刈神社の社伝が伝えています。
多くの歴史書が服従の印と勘違いしていますが、「正装」なのです。
(征服した相手の船に乗るほど危険な行為はありませんよね)

五十迹手は仲哀天皇の祖を高祖山で長年祀り続けていたのです。
      (熊鰐も神武天皇の史跡を守り続けていました)
それで、仲哀天皇は五十迹手の口上を聞いて「いそし」と褒めたのです。

「いそし」が「製鉄の名匠」のことなら、
五十迹手が掲げた三種の神器は伊都国で生産されたもので、それを見て、
「名品だなあ、いよお!名匠!」というニュアンスで褒めたと解釈もできます。

「イソ」とは、「アントンイソラ」のイソと同じで、シリウスのようなプラチナ色の輝きを指しています。
まさに白銅鏡のプラチナ色の輝きをも思わせます。

『日本書紀』は五十迹手の国は「イソ国」と言っていたのが、「イト国」に訛ったと言います。
出来たばかりの白く輝く鉄の刀身。白い銅鏡。
そういうメタリックな白い輝きの色が「イソ国」のイメージでもあるのでしょう。


思えば、「木花開耶姫」を三雲村の人たちが「高磯比売神」だと言うことも、
「高磯」の名の中に「イソ」が含まれていて、気になっていました。
この「磯」もまた、金属を思わせる単語だからです。

この時、リンクしている『不思議空間「遠野」』さんがコメントをくれました。
(一部改変)

ところで、木花開耶姫を祀る神社、興味を持っています。

地元(遠野)では桜の木を「樺の木」と呼び「木の華」の意味があります。調べると鍛冶に於いて発生する「火の粉」の意がある事がわかりました。つまり桜の花は火の花でもある。

コノハナサクヤヒメのコノハナも恐らく火の粉だと思われるのは、火中出産を果たした木花咲耶姫は、茨城県の室八嶋神社で竃の神として祀られているからです。この細石神社での木花開耶姫と石長比売の伝承の詳細はわかりませんが、今後の展開を興味を持って待っていますm(_ _)m


製鉄や鍛冶の民は桜の花を見て、製鉄の時の火花を思い浮かべるのでしょうね。

鉄の民にとって、「このはなさくや」が「火の粉」のシンボルだとすると、
「いわなが」は、やはり産物の「鉄」のシンボル。
ですから、「木花開耶姫」の別名を「高磯比売」と呼ぶ可能性は十分にあることが分かりました。

カマドの火を一心不乱に見つめて温度を知ろうとする鉄の民が、
火を神と慕って「コノハナサクヤ姫」と呼び、桜の花と重ね、
のちに一般の人たちに絶世の美女神とされていった過程が思い浮かびます。

二女神の名には鉄の暗号が込められていることになりました。
(ホトタタライススキ姫と似ていますね)

きっと古代の人は、二女神の名前を聞くと、砂鉄を製鉄していた国津神の姫神と分かったのでしょう。

古代は姫たちの本当の名前は秘められていました。
「名前を尋ねる」ということは「プロポーズ」を意味していた時代がありました。
姫の名前を知っているのは、親と夫ぐらい。
ですから、二女神の神名も仮の名で、本当の名前は伝わっていません。


以上から、細石神社は砂鉄を製鉄していた集団の祀る宮ということになってしまいました。
これまでのスズ鉄から砂鉄へと大変革をもたらした技術集団なのでしょう。

この集団を「国津神」とすると、
「国津神の木花開耶姫」と「天津神のニニギの命」の結婚は、
「三雲南小路遺跡を祭祀するクニ」と「天孫族のクニ」の連合という事にもなりそうです。



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これは「ホの一族」というタイトルの記事の所で書いた系図です。
馬見神社でひらめいて描きました。
天孫族が結婚という温和な方法で連合国家を作っているような印象を受けました。

この系図から見ると、細石神社は大山津見命のクニとなりそうなのですが…。
いかがでしょうか。
細石神社が三雲南小路遺跡をも祀っているとすると、
その王と王妃は大山津見命と妃かもしれないと考えたくなります。
あるいは、大山津見命を奉斎する集団。


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(三雲南小路遺跡1号甕棺の出土品)

全く想定外の展開になってしまいました。

今回は、東北の『不思議空間「遠野」』さんと、九州の『ひもろぎ逍遥』が
同時に「コノハナサクヤヒメ」をテーマにしたというシンクロニシティに支えられました。
不思議な思いがします。

それにしても、夫君のニニギノミコトはどこ?
周辺を探してみましょう。

(つづく)




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by lunabura | 2013-12-07 00:15 | (サ行)神社 | Comments(0)

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