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武内姓を名乗る物部氏の不思議(2)


武内姓を名乗る物部氏の不思議(2)

乳母は幸大明神か?

ようやく、高良山の麓に戻って来ました。
るな探偵、何を追っかけていたんでしたっけ? (+_+)

そうそう、物部氏がどうして武内姓を名乗れたのか?
という話でした。

前回まで、『高良山雑記』に書かれていた物部氏に関する記述を集めた結果、
鏡山大祝家が祀っていたのは
「物部胆咋」と「その夫人・幸大明神」と「武内宿禰」ということが分かりました。

鏡山大祝家は物部氏なのに、邸宅内で武内宿禰を祀り、武内姓を名乗った理由は
物部氏から武内宿禰の乳母を出して、乳母が宿禰の子を懐妊したからだと推測しました。
そうすれば、生まれた子は武内姓を名乗っても矛盾がないからです。

それでは、その乳母に関して、何か分からないか?
そう考えるうちに、幸大明神として祀られている胆咋の夫人こそ乳母ではないか?
という推理が生まれました。

胆咋は娘を景行天皇に嫁がせているので、第一夫人は年配になっているはずですが、
若い夫人を何人も持っていたでしょうから、
乳母になったのは数番目の夫人と考えられます。

時代的にどうなのだろう、と系図を書いてみることにしました。

c0222861_17593659.gif

緑色の丸が鏡山家が祀っている神々です。
幸大明神が乳母だとすると、鏡山家は三人の祖神を祀っていることになります。

(孝成?)と二か所に書いているのは、
武内家の系図の一番目の人物が「孝成」と書かれているからなのですが、
どっちに書いたらいいのか不明だからです。
孝成が竹内宿禰だとすると大発見なんですがね。(るなにとって)

竹内宿禰は成務天皇と同じ日に生まれていて、日本武尊より年少です。
仲哀天皇は日本武尊の子ですが、武尊がジュニアの時の子なので、
竹内宿禰とは十歳も離れていないかもしれませんね。
筑紫を駆け巡っていた頃はまだまだ若かったのです。


だから、こんな顔にしないでね。
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(香椎宮不老水にてー仲哀天皇と神功皇后に頭を垂れているのが竹内宿禰)






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(乳山八幡宮にて)
これもダメ。あんまりじゃわい。







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これっくらいがちょうどいい。 ( ´艸`)

ドラマになってほしいと思ってるんですけどね (´・ω・`)





この人と。


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by lunabura | 2014-04-25 18:57 | 高良下宮社と周囲・久留米市 | Trackback | Comments(0)
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