2014年 05月 31日
志賀海神社・御神体と金印
志賀海神社
御神体と金印
新月の志賀島の宮々で過ごした翌日は、一日中、沖津島のエネルギーに浸かっていて、
現実に戻るのが難しく、掃除や用事など、ゆっくりとしながら
グラウンディングして過ごしました。

寝るのも早かったです。^^
パラさんのコメント「新月の日 古代イスラエルでは平和に暮らす事を祝って神苑で角笛を吹き鳴らし
パレードしたそうです。」を読んだ時、はっとしました。
志賀海神社の御神体は誰も見ることができないそうですが、
「青銅の角」だと言われているそうです。
(新聞に載っていたので、書いてもいいですよね)
同じ安曇族の神社、長野県安曇野市にある穂高神社には「犀角」と呼ばれる副祭神が
伝わっていて、それは木で出来ています。
中東から日本まで自由に海を渡った安曇族の勇姿を思い浮かばせてくれる御神体です。
志賀海神社の安曇の末裔たちは今でもしきたりが多く、
特に、身内が亡くなると神事に参加できず、潔斎しているそうです。
ご神幸に到っては、神事を催行するかどうかは、みくじで決まるので、
長らく神幸が催行されなかった時もあったそうです。
そして、金印が発見された時にも神意が伺われたという話を伺いました。
金印が発見された時、まずは志賀海神社に奉納されたそうです。
そして神宝とするかどうか、神意を伺うと、必要ないと出たとか。
三度尋ねて三度とも必要ないと出たということでした。
もし、この時、違うみくじが出ていたら、今頃は金印は神宝庫の中に眠り、
存在すら知られなかったのかも知れません。
みくじの結果、金印の存在が世に知られ、論争されることになりました。
神々の話は奥が深いですね。
さて、磯良の海さん、船の帆を張れとの宣言。
いよいよ、ですね。
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