2014年 06月 20日
熱田神社(1)日本武尊が古宮で地神を祀った
熱田神社(1)
日本武尊が古宮で地神を祀った
熱田神社に参拝してから、はや一週間が経とうとしています。

紫陽花が美しい季節でした。
初めて同じ町の古物神社に参拝したときにも、紫陽花が咲いていたのを思い出しました。
何年前だっただろう。
私のひもろぎ巡りはこの秋で満五年を迎えます。
当初、鞍手の重要性がすぐに分かりましたが、私一人ではどうにもならないこと。
地元の方々に立ち上がっていただけたらと願う地域の一つでした。
思いがけず、熱田神社に行くことが出来ましたが、
ここもまた、案内無しでは簡単に行きつかなかったでしょう。
このタイミングで参拝できたのも、連れて行ってくれたユキさんと、古代の魂たちのお蔭です。
新しく出来た道を通っていきなり迫って来た山の姿は見慣れた山。
何度もこの辺りを他の神社を探しまわってぐるぐると回った記憶がある山です。
名前はなんだったっけ。
鞍手町発行のガイドマップを5分以上探すけど、この熱田神社は載っていませんでした。
信号機名もないので、外部の人間にとっては分かりづらい地図です。
鞍手町の皆さまには是非とも町内の神社と歴史の重要性を再認識して、
神社(祭神)と古墳が明確なマップを作製していただきたいなと思いました。
(実はこれは何年も前からの願いなのです)
グーグルを調べると、どうやら剣岳を西からアタックしたようです。
田んぼが終わって坂になり、住宅が並び始めるとその奥に鎮座していました。


一の鳥居を過ぎるとただならぬ古社の趣。


拝殿です。
御祭神は
天照大神、天忍穂耳尊、瓊々杵尊、彦火火出見尊、鸕鶿草葺不合尊
素盞嗚尊、日本武尊、宮簀姫尊
熱田神社の創建は12代景行天皇27年(西暦97年)、日本武尊が熊襲征伐の途中、亀甲に立ち寄り、地神の大神を祭祀したことに始まると伝えられています。日本武尊が鞍手に来た時には、地元では行宮を造って歓待したそうですが、
そのことを記念して亀甲に神社(古宮)が建立されたそうです。
(熱田神社広報紙より)
その途中、亀甲に立ち寄ったのですね。
そこは今でも聖地で、そこから椿の花を持ち出すことも戒められたそうです。
ヤマトタケルが祀った神が「地神」だとすると、現在の祭神が天神と天孫系なので、
もう一つ、伝わっていない縁起があるのかもしれません。

広報紙のつづきです。
その後、文治元年(1185年)に尾張国熱田大明神を勧請し、二柱を合祀申し上げて祀った。元弘元年(1331年)現在地に移ったとされています。尾張国から勧請したのは「日本武尊、宮簀姫尊」だということになります。
私は「当社は熱田のルーツではないですかと」尋ねたのですが、
「そうではありません」との御返事でした。

神殿を見上げると肉球が ♪
この宮大工さん、ネコが好きだったのかなあ。
重厚な神殿に思いがけない発見でした ^^
(つづく)
鞍手町 熱田神社
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二つの神社を比較する場合は、どちらも調べないと分からないですよね。
まだ、名古屋の熱田神宮は調べていないので、答えを持ち合わせていません。^^

鞍手と言う私にとってなじみの薄い地名が一気に馴染みのところになってしまいました。
母方が宗像と繋がりがあり、父方がなんと、熱田さんと関係しています。
なんだかワクワクしている自分がいます。
一つ、思い出したことがありますので書きますね。龍のことですが、
「角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼あるいは兎、身体は蛇、腹は蜃、
背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛」で出来ているそうですよ!
ということは猫の肉球ではなくて、もちろん似てはいますが、
虎ちゃんの肉球なんでしょうね~ あはは
☆今度のお話、楽しみにしています。よろしくお願い致します。