ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

太陽祭祀線(1)楯崎神社と相島の冬至日没ライン


太陽祭祀線(1)

楯崎神社と相島の冬至日没ライン


さて、相島の記事を見られて、タツさんからメールがありました。
その一部を許可をいただいて紹介します。

ルナさんは既にご存知かとも思いましたが、
ブログの7月6日「相島積石塚群(3)」の相島を望む縦長の写真を見て、きっと津屋崎のどこかの神社から積石塚に沈む冬至の夕日が見られると思い、楯崎神社がある辺りからシミュレーションしてみました。

結果の図をPDFで添付いたしましたが、古代人は眺めが良い山頂から相島の夕日を見たのではなく、地図上では無名の「楯崎の神社-01」から見たのではないかと思いました。

「楯崎の山-01」からの景色は相島の背後、左手に多くの島や陸地が重なり雑然として見えますが、「楯崎の神社-01」からは相島左側の風景を山が隠し、稜線と相島の交点辺り(積石塚群)に陽が沈みます。

データが荒いので実際に現地に立たないと詳細はわかりませんが、図上無名の神社は冬至の祭祀場だったのではないでしょうか。

隣接する山の形もそのように造った、または整形した可能性もあります。岩や山の間、あるいは岩や山の交点に太陽を沈めるというのは巨石サイトでも見られる、古代太陽信仰のひとつの形だと思います。

また相島側にもそれに対応する地点または風景があるのではと思います。

楯崎からはきっと積石塚群に沈む、素晴らしい冬至の日入りが見られるのではないでしょうか(樹木が多過ぎますが…)。

相島は此岸楯崎の向こう側の「彼岸の島」そんな想いがしました。
久し振りに太陽祭祀線の話を聞いて、テンションがあがりました。
何故か私はこの類の話が好きなんですね。
さて、御指摘の記事と写真は次の物です。

思いがけず、島を訪問した五日後に対岸の津屋崎の浜に出たことから、
そこに立つと積石塚が正面に見えるのを確認しました。
過去記事 幸せな一日 http://lunabura.exblog.jp/22327959/
対岸ですから、島が見えるのは当たり前のことですが、
実際に立って見ると島への憧憬が心から湧いてくるのを感じました。

津屋崎からは、相島と夕日は切っても切り離せないのです。
c0222861_14134167.jpg

一日を終えて、浜にたたずんで亡くなった人たちを偲ぶと、
海を照らす太陽の光は島への白い道となり、次第に雲が黄金や赤い色に染まっていく。

相島とは津屋崎からはそんな存在なのだということを理解しました。(後略)
(後略のつづきはhttp://lunabura.exblog.jp/22333300/ へ。)

タツさんは、冬至の日に夕陽が相島に沈むのが見える地点で
祭祀を行ったのではないかと直感されたのです。
それは、浜辺ではないのですね。
何故なら古代には現代の浜は海に沈んでいるからです。

祭祀地点の趾が神社となっているのではないかと、
「冬至の日入り方位242.1度」を地図上で探して、楯崎神社を見つけられました。


c0222861_1552292.jpg
これは現代の海岸線より10mほど海進した地形です。
渡半島は二つの島に分かれていました。
引潮の時にお互いが繋がるモンサンミッシェルのような島だったのではないかと指摘されています。

楯崎から冬至の日の入方向にちょうど相島が見えています。



c0222861_15534740.jpg

この時、楯崎の山頂からではなく、楯崎神社の位置から見ると、相島がシンプルに見えるのですね。


c0222861_1554548.jpg

地図上の鳥居マークから見た相島のようすです。


c0222861_1554195.jpg

これは今年の冬至の日の入のシミュレーション。

で、もちろん楯崎神社にはあの巨大な磐座があるんですよね!
タツさんは、この神社の写真をすっかり忘れてあったんです ( ´艸`)

でも、だから、かえって、すごい発見だということになります。

るな
楯崎神社はブログに掲載しているように、巨大な磐座がありますが、そこから海に突き出た特殊な岬があります。
幅は人が一人歩いて行けるぐらいで、そこに立つと180度の展望が得られます。
かつて、地図を見て磐座があるに違いないと予測して行ったのですが、想像以上のものがありました。何を祭祀しているのかと思いましたが、天文祭祀だとすると興味深いですね。
危険な場所なので、ブログでは紹介しなかったのですが、
実は海に突き出た細い岬があって、そこから海が180度見えるんです。
船を見張る場所だと思ったんですが、天文観測も出来るんですね。

タツさん
楯崎神社…わァ、前に見てました!失礼しました!!元宮で不動明王が祀られているとのこと。大日如来(太陽)の化身ともいわれる不動明王が祀られているのは正に太陽祭祀にぴったし…ではないですか?

ブログの「赤い鳥居の左上には、想像以上の巨岩がありました。」とは地形図の鳥居マークの南側にある山(地形図ではとてもよい形をしています)の一部のことでしょうか。その崖斜面と相島が交差していて、そこに冬至の太陽が沈むのではないでしょうか。

場所を意識して改めてブログを読み返して、凄いことが書いてあると思いました。とても重要な場所に違いありません。ルナさんが仰るように「異空間」です。


るな
楯崎神社の場所は多分、OKだと思いますが、一部崩落があったようなので、周囲を探査していません。薬師と不動の混在が不思議だったのですが、そういうことなのですね。面白いです。ありがとうございます。
楯崎神社(たてざき)はサイドバーからどうぞ。

(つづく)





いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2014-07-13 15:59 | 相島 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://lunabura.exblog.jp/tb/22358533
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー