2014年 07月 22日
アイラトビカズラ
アイラトビカズラ
不思議で、ゆかしい名前のカズラ。
その花は巨大だという。
かつては花が咲けば有事が起こる不穏な花が、今は毎年咲くと聞いた。
しかも、日本では一か所だけ自生しているという。
今では他に二か所見つかっているが、その数は余りに少ない。
太宰府地名研究会主催の「菊池山鹿玉名の神々」のツアーでその花を見ることが出来た。

この厚い花弁の光沢は熱帯雨林を想像させた。
その香りは蜜を発酵させたような香りで、最初は良い香りと思っても、しばらくすると気分が悪くなっていく。
その香りは今でも思い出せる。
虫たちに最高のごちそうを提供するために、発酵という手段を選んだのか。
腐らない知恵なのだ。
そう思ったが、これは虫媒花ではなく、風媒花だとwikiには書いてあった。
このような密林の状態で風を利用する花なのだろうか。
印象と違うので違和感を持った。
Wikiにはさらに
「中国の長江流域が原産地とされ、日本にも広く分布していたとされるが国内では2カ所を除き絶滅」とあった。
類まれな花を見ることが出来た。
しかし、九州の古代史を明らかにしつつある地名研究会の案内なのだ。
着眼点は花ではなく、蔓(つる)だった。

そう、筏(いかだ)のロープ。
前回、安曇族の島・相島(あいのしま)で見た「ユヅカツラ」が丸太にふさわしい木材だとすると、それを結び付けるロープが必要だ。
それがこのカズラではないかという話なのだ。
先程紹介した、石で出来た竜蛇「石づち」が境内にある久米八幡宮の吉田宮司の着眼で、
「凡そ、二千数百年前、呉越同舟の呉が亡んだ前後、呉王夫差の一族が列島に亡命し、有明海から熊襲の領域に入ってきたと考えられ、その際、大木で筏を組んだとすれば、その素材がアイラトビカズラだったのではないか?」といった提案を行われました。ということでそのカズラを実見しに来たのだ。
(久留米地名研 古川清久)
呉なら志賀島の安曇族も呉の末裔だと言っていた。
安曇族は中国語を理解し、漢字も知っていた。
中国の長江付近を原産地とするカズラは
人の手によって日本にもたらされたと考えるのが理にかなっている。
呉(ご、拼音:wú、紀元前585年頃 - 紀元前473年)は、中国の春秋時代に存在した君国の一つ。現在の蘇州周辺を支配した。君主の姓は姫。元の国号は句呉,勾吳。
これはwikiから。
筏なら絶対沈まない。
「無人島に一つだけ持っていくとしたら何を持っていくか」
という問題を考えて、私なら「種」だと思ったことがある。
「種」こそ命をつないでくれる。
アイラトビカズラの種を持って来て筏に乗った人たちがいると考えるのは合理的だ。
しかし、思う。
挿し木できるんじゃないか。
一時期「幸福の木」がはやった。
段ボールの中に十センチ程度の長さの枝が入っていた。
それに土と水を与えれば育った。
ハワイのお土産にそんな「枝」や「種」を貰ったりした。
殆どの木が挿し木が出来る。
私が呉人なら、何種類もの木を腐葉土の入った壺に入れて、抱えて乗り込むかも知れない。
ロープの材料、丸太の材料、蚕の食料、竹のあれこれ、稲、あわ、ひえ…。
欲張りだから、かなり重い目にあっただろうな…。
そんなことを考えた。

樹齢千年。
熊本県山鹿市菊鹿町相良
いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村
先日の記事で何処かで聞き覚えのある名前でした。
花を拝見して思い出しました。今このカズラはグリーンカーテンとして注目されています。壁面やフェンスを緑で覆い室温を下げるのにこの木は冬でも葉が落ちず3年で40m成長し、しかも30㎝か40㎝くらいのプランターで良かったはずです。関東の病院の壁とフェンスで繁っていたのを覚えています。
それだけ成長が早ければ、筏のロープにするには良いですね。
確かめてはおりませんが、この木を使って緑化施工する会社があったと思います。
それだけの繁げるのであれば筏に使ったものを解いて挿し芽してもどんどん伸びそうですね。と、いい加減なことを言って見ました。








