2014年 09月 11日
(5)古八幡 熊襲 大鷹小鷹
壱岐真根子と竹内宿禰の旅(5)
古八幡(石崎八幡・下の宮)
熊襲 大鷹小鷹
次に戦ったのは、やはり神功皇后。
祠の右手に史蹟碑が立っていて、「景行天皇 神功皇后 行宮之遺跡」と彫られていました。

ここは景行天皇、神功皇后と、続けて行宮が営まれた場所でした。
景行天皇は当地の八十女を滅ぼしたのですが、
景行天皇が去ったあと、熊襲が勢力を伸ばしてきたのでしょう。
前掲文の続きです。
神功皇后は山門村から当地に来たとあります!!
ついに、裏付けが取れました ♪
何の裏付けかっちゅうと…。
3月25日に田油津姫を滅ぼした後、皇后軍は古有明海を横断し、
杵島郡、武雄市を通って松浦川へ抜けたのだろうという仮説です。
ま、さ、か。
ここにちゃんと書いてあったとは!!!
これで、堂々とこの地図が出せますね^^

さて、神功皇后が平定したという大鷹小鷹の名前は他の資料には、
大鷹渠師(きょすい)小鷹渠師(師はママ)、あるいは大鷹タケル、小鷹タケルで出てきます。
この熊襲の大鷹小鷹の住処は「原田」と記録があって、八十女と比較すると、当地の北西部に書かれています。
八十女の後継ではないと思われます。
もともと、「熊襲の大鷹小鷹」と「土蜘蛛の八十女」の集落は
それぞれ微妙にバランスを取って共存していたのかも…。
ところが、八十女たちが景行天皇に滅ぼされたので、
大鷹小鷹が自然と拡大していった…そんなイメージを持ちました。
この付近の地形はリアス式なので、良い港が少なく、
「石崎の湊」とはどの勢力も押さえたい要衝だったんでしょうね。
勝った皇后の行宮(あんぐう)の場所も、この裏の丘の上と明記されています。

続き。
所有者の名前まで書いてあって親切ですね…。
地元の人なら、場所が特定出来るんじゃないかな…。
出土した石櫃の石材「錬石」を調べましたが分かりませんでした。
製錬石の省略かなあ…。
そして、其の三に、武内宿禰の名前が出てきました。兜山があるそうです。
このあと、兜塚も紹介しますが、同じものかどうかは分かりません。
この戦いの目的は湊の争奪戦だったのでしょうか。
神功皇后は通りすがりなので、竹内宿禰たちが古有明海と玄海灘を結ぶ古代道の確保をするのが
目的だったのではないかと思われます。

この石崎八幡に立つと目の前には警察署が建っています。
遺跡地図を見ると、その辺りに「百枚田」と書かれています。
この説明は大町町史から。
これ、糸島で書いた「鉄の民と米の民」の話を思い出しますね。
大鷹小鷹たちは山に住んで、鉄などを生産していたのでしょうか。
大町町には炭住があったという話を聞いて、もしかしたら露天の石炭が採れるような、
熊襲には魅力的な土地だったのではないかと想像しました。
聞くと、近年の石炭は地下深くで採っていたそうです。
また、古川氏によると、海が引くにつれて田が形成されていき、
畔(あぜ)は四角ではなく、Uの字に作っていったので、魚のウロコのような丸い田が
次々に形成されていくのが当地の特徴だということでした。
神功皇后の百枚田も、ウロコ状に広がっていったのかも知れませんね。
兜塚跡を探しました。
多分、これだろうという丘がありました。
先程の行宮跡とは違い、兜塚はさらに西にあります。
明治三十年に出土したものは所在不明だそうです。
「石櫃」という埋納法は壱岐対馬でも発見されていましたね。
(金印の記事の所で紹介しているかな…)
石の板で箱を作る方法で、石棺と違って小型です。

この兜塚、多分ここだろうという話で、特定できませんでした。
今ならまだ、所有者から割り出して、場所が特定できそうですね。
ただ、この丘はブルドーザーが入っていて、もしかしたら消滅する運命かもしれません。
その前に、調査できないかなと思いました。
国の予算、九州に回してほしいですね。(´・ω・`)
ここからすぐ西に、竹内宿禰の居館の伝承がありました。(つづく)
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by
きよし
at 2021-06-17 23:45
古八幡(石崎八幡・下の宮)
熊襲 大鷹小鷹
次に戦ったのは、やはり神功皇后。
祠の右手に史蹟碑が立っていて、「景行天皇 神功皇后 行宮之遺跡」と彫られていました。

ここは景行天皇、神功皇后と、続けて行宮が営まれた場所でした。
景行天皇は当地の八十女を滅ぼしたのですが、
景行天皇が去ったあと、熊襲が勢力を伸ばしてきたのでしょう。
前掲文の続きです。
六、神功皇后行宮趾おっと、こ、これは!
神功皇后は九年(※仲哀天皇九年と思われる)、武内宿禰以下を率い、筑後の山門村より杵島郡福母の石崎に着御され、熊襲の大鷹小鷹の凶賊を滅ぼすため、行宮を福母石崎の頂上にある大巌石の上に(即、古の八幡社の上方)営まれた。
神功皇后は山門村から当地に来たとあります!!
ついに、裏付けが取れました ♪
何の裏付けかっちゅうと…。
3月25日に田油津姫を滅ぼした後、皇后軍は古有明海を横断し、
杵島郡、武雄市を通って松浦川へ抜けたのだろうという仮説です。
ま、さ、か。
ここにちゃんと書いてあったとは!!!
これで、堂々とこの地図が出せますね^^

さて、神功皇后が平定したという大鷹小鷹の名前は他の資料には、
大鷹渠師(きょすい)小鷹渠師(師はママ)、あるいは大鷹タケル、小鷹タケルで出てきます。
この熊襲の大鷹小鷹の住処は「原田」と記録があって、八十女と比較すると、当地の北西部に書かれています。
八十女の後継ではないと思われます。
もともと、「熊襲の大鷹小鷹」と「土蜘蛛の八十女」の集落は
それぞれ微妙にバランスを取って共存していたのかも…。
ところが、八十女たちが景行天皇に滅ぼされたので、
大鷹小鷹が自然と拡大していった…そんなイメージを持ちました。
この付近の地形はリアス式なので、良い港が少なく、
「石崎の湊」とはどの勢力も押さえたい要衝だったんでしょうね。
勝った皇后の行宮(あんぐう)の場所も、この裏の丘の上と明記されています。

続き。
安政の頃、大町の田中権六は石採りの為、一山を掘り崩したが、行宮の跡と思われる物は尚も残った。
其の一は御弓掛けの松。これは源平頃までは高さが十五丈もあったが今は無い。
其の二は田中の人夫が石櫃を掘り出したが、その石材は錬石で、神功皇后が八幡社に奉納されたもの。
其の三は兜山。これは武内宿禰が冑を脱いだ所ともいい、また神功皇后が御兜をこの丘に納めて鎮護とされた処ともいう。その後は南北五十間。今は蒲原文六氏の所有である。
所有者の名前まで書いてあって親切ですね…。
地元の人なら、場所が特定出来るんじゃないかな…。
出土した石櫃の石材「錬石」を調べましたが分かりませんでした。
製錬石の省略かなあ…。
そして、其の三に、武内宿禰の名前が出てきました。兜山があるそうです。
このあと、兜塚も紹介しますが、同じものかどうかは分かりません。
この戦いの目的は湊の争奪戦だったのでしょうか。
神功皇后は通りすがりなので、竹内宿禰たちが古有明海と玄海灘を結ぶ古代道の確保をするのが
目的だったのではないかと思われます。

この石崎八幡に立つと目の前には警察署が建っています。
遺跡地図を見ると、その辺りに「百枚田」と書かれています。
この説明は大町町史から。
百枚田
神功皇后が熊襲一族を皆殺しにし、石崎の山に葬り、その時使われた剣を櫃に納めて埋め鎮護神とした。
すると不思議なことに、そばにあった大きな楠の木の節穴から水が流れ出した。そこで、天之狭田(おさだ)に形どった百枚の田を開いた。そして、石崎大明神の祭祀田とした。これを神功皇后の百枚田という。
これ、糸島で書いた「鉄の民と米の民」の話を思い出しますね。
大鷹小鷹たちは山に住んで、鉄などを生産していたのでしょうか。
大町町には炭住があったという話を聞いて、もしかしたら露天の石炭が採れるような、
熊襲には魅力的な土地だったのではないかと想像しました。
聞くと、近年の石炭は地下深くで採っていたそうです。
また、古川氏によると、海が引くにつれて田が形成されていき、
畔(あぜ)は四角ではなく、Uの字に作っていったので、魚のウロコのような丸い田が
次々に形成されていくのが当地の特徴だということでした。
神功皇后の百枚田も、ウロコ状に広がっていったのかも知れませんね。
兜塚跡
神功皇后が原田地方の豪族を平定した時、武具、兜、刀剣などを収めたところ。明治三十年ごろ、天然石を積み立てた石櫃数個が発見された。その中に、金環、勾玉など多数あったという。
兜塚跡を探しました。
多分、これだろうという丘がありました。
先程の行宮跡とは違い、兜塚はさらに西にあります。
明治三十年に出土したものは所在不明だそうです。
「石櫃」という埋納法は壱岐対馬でも発見されていましたね。
(金印の記事の所で紹介しているかな…)
石の板で箱を作る方法で、石棺と違って小型です。

この兜塚、多分ここだろうという話で、特定できませんでした。
今ならまだ、所有者から割り出して、場所が特定できそうですね。
ただ、この丘はブルドーザーが入っていて、もしかしたら消滅する運命かもしれません。
その前に、調査できないかなと思いました。
国の予算、九州に回してほしいですね。(´・ω・`)
ここからすぐ西に、竹内宿禰の居館の伝承がありました。(つづく)
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何かに、皇后は佐賀市の神園(佐賀駅の近く)の堀江神社に行ったって書いてありましたよ。名前の通り、ここは古代は海、海岸だったと思います◎
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by lunabura
| 2014-09-11 23:44
| 真根子と竹内宿禰
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