ブログトップ

ひもろぎ逍遥

土星の和名・安曇星 安土星


土星の和名

安曇星 安土星

 
c0222861_21513880.jpg

画像はウィキぺディアより

土星を安土星、安曇星、梓星と呼んだ時代がありました。

アド・アヅミ・アヅサ。
単語がどんどん変化するようすが星にも現れています。

安曇を「あづみ」「あど」と読むのと似ていますね。
今日も真鍋大覚からです。

今日は公転周期とか、お手上げの話が出てくるのですが、
内容が面白いので紹介します。

 
安土星(あづちのほし) 

土星サターンの倭名であったかと思われる。環著(わつき)星、輪通(わづつの)星(ほし)の訛であった。
  古事記神代記に曰く
  次に小豆(あづき)島(しま)を生みたまひき。またの名は大野手比売(おほのでひめ)といふ。
 その昔は阿扶(あづきの)星(ほし)、更には梓(あづさの)星(ほし)、環浮(わぶの)星(ほし)、安曇(あづみの)星(ほし)などの方言が氏族によって通っていたのかもしれない。

土星の公転周期は29・457年である。端数の0・457年が累積してこの周期に達するには54・248年を要する。54年はカルデア王朝(前606~539)が暦制で定めたサロス周期18年の三倍で、日月食がこの輪廻をもって同じ地にふたたび見える間隔であり、安人系統(※華僑)の倭人では何か還暦60歳よりも、むしろこの五十四歳の方が一生涯の生命生活の一区切りと考えてきた。(略)

 漢人は鎮(ちん)星(せい)と云う。(略)漢人は又填(てん)星(せい)とよんだ。いかにも丸い輪の中に球を固く嵌めた形をよく表現している。(略)

 土星の信仰は中東の民族であった。五十四歳の観念は紫式部(978~1014)の源氏物語五十四帖にも見る。井原西鶴の好色一代男、七歳から六十歳の女人遍歴の一生にうかがることができる。

サロス18歳は五十四歳の三分の一として割り出された輪廻と見る方が至当である。

浮(うき)舟(ふね)と云い、普陀落(ふだらく)と言い、出(いで)て還ることなき中東の胡人の運命の歴史が近世の貞(じょう)享暦(きょうれき)編纂の頃まで、まだ安積族の末裔に語りつがれていたものと思われる。

渋川春海(1639~1715)が採用した日月輪廻の暦数は、元(1639~1715)を通じて復活した古代近東の旧約聖書の民族の天測の資料であった。

『儺の国の星拾遺』p61


今回注目するのは「54」です。
この計算がさっぱり分からないのですが、それはさておき、これなら分かる。
54÷3=18

「18年」とは、サロス周期と言って、日月食のパターンの一サイクルだそうです。
真鍋はそれを「日月食がこの輪廻をもって同じ地にふたたび見える間隔」
と、独特の美しい表現で語ります。

人生の一区切り。
私たちは還暦という表現で60歳を一区切りにしますが、
それは干支の12×5=60年から来ています。

もちろん古代中国から輸入した考えですが、
安人(華僑)系統の倭人は60歳より、54歳という年齢を
人生の一区切りにしたというのです。
それはサロス18年×3=54年。
つまり、日月食のサイクルに心を寄せていたというわけです。

私?
サロス周期の存在も知らなかったもんなあ。
でも、「54」て、結構、目にしている数字だったんですね。
例えば源氏物語54帖。
好色一代男の7歳から60歳というのも54年間。
普堕落って、この年になると舟に乗って入滅、即ちこの世を去る話でしたっけ。

この54歳というターニングポイントは中東の人の人生観が
倭人に影響を与えたものだと言うのです。
それを語り継いだのが安曇族。

「安土」と書いて、真鍋は「あづみ」と送り仮名を打っている所もあります。
あづみ あづち そんな変化もあるんですね。

江戸時代の渋川春海の採用した暦でさえ、
古代近東の旧約聖書の民族の資料だったといいます。

これは古代イスラエル人やユダヤ人の資料だと言い替えることができます。

日本に流れて来た文化は古代中国のみならず、
古代中近東からも沢山入って来ているようですね。

土星の輪を観測したのはガリレオ(慶長十五年 1610年)だそうですが、
それよりずっと古代に「填星」という、
いかにも輪に填(はま)ったような名前が存在するのですから、
古代人の観測力は現代人の想像を超えます。

ドゴン族なんか、二連星の話をちゃんと伝えているんですからね。
自分たちはシリウスの二連星の小さい方からやって来たって …(´∇`;)
視力、どんだけ ( ´艸`)




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
Commented at 2015-01-06 20:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2015-01-06 21:47
非公開さん、あけましておめでとうございます^^
梓川が、そう繋がっていくんですね。
それを聞いて嬉しいです。
1・11は天気もよさそうです。
地元の島民の方々が大勢来られます。
一緒に過ごすのも一興かと思います。
お待ちしています。
Commented by tatsu at 2015-01-08 12:38 x
夜空を眺めても、天体の周期まで考えることは少ないですね。
完全に退職したらやってみようということの一つに太陰暦生活
があります。天体の周期と周りの出来事との関係を実感できる
かもしれませんし、精神的に何か影響があるかもしれません。
狼男に変身はごめんですが。
Commented by lunabura at 2015-01-08 21:54
太陰暦生活、面白そうですね。
満月とか、季節によって窓から見えなかったりして、
かなり変化するんだなあと思いました。
精神的な観察なんか、凄そう。
楽しみですね。
by lunabura | 2015-01-05 21:54 | <星の和名・天文> | Comments(4)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25