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ひもろぎ逍遥

梁塵秘抄は香椎宮で生まれたという


梁塵秘抄
りょうじんひしょう
香椎宮で生まれたという


  遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、
  遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

古文の時間に初めて出会ったこの歌は、古典の世界が堅苦しい格言に満ちたものではなく、人間らしい情感が許される世界だと教えてくれた歌でした。
  遊んでいいの?
  勉強しなくていいの?
なんてね。しかし、「遊び」とは音曲のことだと聞いて、がっかりしたり驚いたり。
印象深い歌でした。誰もが一度見ただけで忘れられないという点でもこれは名歌です。

さて、この歌が載っている梁塵秘抄は後白河法皇の撰によるものと言われていますが、真鍋は驚くべき話を伝えていました。これは、もともと香椎宮で収集していたものを平清盛が後白河法皇に伝えたものだと言うのです。

平清盛は太宰大貳として筑紫にやって来た時代があります。太宰の帥(長官)なら赴任時に香椎宮に参拝するのですが、大貳に関しては分かりません。しかし、香椎宮別殿が太宰府に在ったことを考えると、清盛が歌集の存在を知る環境にあった可能性はあります。

香椎宮の梁塵秘抄については『儺の国の星拾遺』の「大犬座のミルザム星」の章に書いてあります。引用します。

土に木を入れ容を入れ、さらに気を加えて金に換える技を業とする氏族をまのあたりに見ることが多くは在っても、大仏開眼の頃から何か別の境外のことに思う時代となったのである。

察するに釈教が鹿橐(ろくなう)を乱用して人心を損傷するを固く禁じたことに因る。しかしこの反面、祖先伝来の特技を禁ぜられた工人は願人となり、その厳粛な儀式を貴人の邸宅の前で誦みあげて身分相応の操業許可を申請していた。

香椎宮が養老七(723)年以来、事ある毎に蒐集してきた歳歌の類は、平清盛(1118~1181)によって、後白河院(1127~1192)に達し、これが嘉応元(1169)年の梁塵秘抄の完成となった。そして光格帝文化元(1804)年、勅使の四辻公説(きみとも)(1780~1849)によって世に演奏された。  『儺の国の星拾遺』p220

金を生み出す工人たちは日本に早くから入植していて、その文化が様々な言葉や地名などに残されていることを今知り始めたところですが、「大仏開眼」すなわち752年の頃から、その存在が陰になって行ったと言います。

その理由は、釈尊(しゃくそん=仏陀)の教えとは真逆の殺生があったことに由来すると真鍋は考えています。

仏像は何のために作られたのか。
供養や悟りのためだとしても、あの巨大な仏像を作るためには途方もない量の銅や金の生産が行われました。しかも、そのためには沢山のフイゴが必要でしたが、フイゴの材料は鹿の皮を逆剥ぎにしたものでした。それが足りなくなると猪に及びました。

供養が目的の仏像の鋳造なのに、その裏では大量の殺生が行われたのです。この矛盾が人々の良心をさいなんだのでしょう。この技術は禁制になったようです。

しかし、これを生業(なりわい)としてきた工人たちは他に生きる道はありません。「願人」となって、貴人の邸宅の前で厳粛な儀式を行い、操業許可を願い出たといいます。

香椎宮は事あるごとに「歳歌」を収集したとあります。この「歳歌」がどのようなものか分かりませんが、「願人」の儀式の時に謡われたり、あるいは宴などで歌われたものなのでしょう。

それを平清盛が知って後白河院に伝えた結果、院が編者とされるようになりました。香椎宮の名前は消え、筑紫の存在も露ほど伺えませんが、思えば、香椎宮は大火災があって古文書一切が焼失したので、梁塵秘抄は場を変えて生き延びたということもできます。

ウィキぺディアを見ると、梁塵秘抄の存在は徒然草などに書かれていて、一部だけ現存していたのが、明治44年(1911)に佐佐木信綱がさらに断片を発見し、本になり、一般でも読めるようになりました。そして信綱は「後白河法皇自らの撰によるものではない」と結論づけています。

そうすると、そのルーツが香椎宮にあったという話も可能性がゼロではありません。梁塵秘抄は平安末期の遊女や傀儡子(くぐつ)などによって歌われ広められた流行歌ということなので、これもまた地理的にも香椎宮との接点が濃厚になります。

筑紫舞は傀儡舞ともいいます。梁塵秘抄の中には傀儡舞の断片が見つかるかも知れません。そう思うと、早く読みたくて、早速書店に注文しました。

漢字で書かれているのか、仮名で書かれているのか、どんな歌が採録されているのか、本が届くのが楽しみです。



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by lunabura | 2015-02-15 15:53 | 香椎宮・かしい・福岡市 | Comments(0)

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