2015年 04月 11日
鞍手古道
鞍手古道
今日は雨でしたが、鞍手の神功道の確認に行って来ました。
Furutsukiさんの御案内です。今日確認した神功道は虫生津から古門神社まで。
ガイドブックなら上巻18古物神社に登場するルートですが、想定ルートに寄り添うように古代道が伝わっていました。
その地形一つ一つに意味があり、伝承が伝わっている!感動しました。
今日は写真を整理しただけですが、後日紹介します。
るな的には、鳥栖の物部氏と市杵島姫の関わりを書いている最中に、このタイミングでもう一つの物部の里、鞍手の地を踏むことに驚いています。鞍手もまた三女神の降臨を伝える六ケ嶽(むつがたけ)があるからです。
しかも、ニギハヤヒと市杵島姫の関わりの解読がようやく出来たタイミング。
鞍手には神功道と太閤道の二つの古道がありました。

これがその交差点。不思議な地形でしょ。
古代史の宝庫、鞍手!
この地が日本の歴史にどれほと影響を与えていることか!
しかも、地形がかなり残っているという貴重性。
ここもまた総合的な研究が待たれるところでした。
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同じ道だと思ってました。
今年に入って宮若から宗像に抜ける道を一本変えたら六ヶ嶽とか手書きの看板の古墳群とかに出たので新なご縁を感じました!
続きを楽しみにしてます!
私もつい先日知ったばかりです。
宮若のHPかな?
確かこちら↓↓↓
http://fuji.pro.tok2.com/index.html#3
素人の行き当たりばったりには役場系のHPは助かります。
そしてるなさんの此処も大助かりなページの1つです\(^o^)/
それより南の嶺(たうげ)を越えて、四郎丸、倉久へ下り...」と
書かれていたのですね。知りませんでした。
先日は、神功道が主題だったので、太閤道については、交差する
ことをお伝えするに留まりましたが、古門の太閤道については、
他にもいろいろと聞いています。
数名の方から聞いた話を総合すると、今の鞍手クリニックの辺り
から浪内の集落の方へ向かい、今の豊翔館(天満宮があった)の所
で補給、松隈を抜けて道中(旧道の方)を通ったということです。
なお、天満宮は今、古物神社に合祀されています。
誤) 貝原 瑞軒「続筑前風土紀」
正) 貝原 益軒「筑前国続風土記」
「筑前国続風土記」、中村学園アーカイブで読めるんですね。
http://www.nakamura-u.ac.jp/library/kaibara/archive05/
便利な時代になりましたね。









