2015年 06月 03日
「炎のピラミッド」(9)八坂神社
八坂神社
前回の草部吉見神社は外輪山の外にあります。
そこから外輪山を越えてカルデラ湖跡に下っていきました。
急カーブの多い下り道、やはり見晴らしの効く所がありました。

手前はつづら折りのカーブ。向こうは阿蘇五岳の一部です。
向かうのは八坂神社です。八坂神社は白川のほとりにあります。
橋のすぐ手前、土手の上の道を通って行きました。

鳥居には下市神社と書かれています。

ちょっと手ぶれ。
ここでは石段が二段構成になっていることがポイントです。

参道は拝殿の中心からはずれています。

拝殿です。御祭神は須佐之男命、稲田比咩命、大名武智命。
「阿蘇郡史」によると出雲の神々が第20代安康天皇二年に国家鎮護のために勧請されたそうです。
安康天皇は仁徳天皇の孫に当ります。安康二年は455年です。
これまでの探訪は健磐龍命の一族の宮だったのですが、ここは全く別の流れの宮でした。
朱雀元年(686年)に阿蘇山の一部が崩壊して大洪水が起こり、社殿が流されました。この時、神官の娘・宮増が神祠にすがりついたまま流されて熊本野岳というところで助けられたそうです。この宮増が北山御前と称えられて祀られています。
51代平城天皇大同二年(807年)に阿蘇家と国司が協力して社地を築いて建立したとあります。人夫3000余人で工事をしたそうです。
現在の社殿は元禄八年の造営とあります。

拝殿の右の壁にこれが!
「炎のピラミッド」を書かれた田尻盛永宮司が当社の宮司です。
驚くべきことに、この八坂神社と両神社の境内の形が相似形です。
しかし、参道の位置が違っています。
八坂神社は「登り縦参道」で、両神社は「平地の横参道と登りの縦参道」です。
境内の輪郭は同じで、川の位置などが対称的になっています。
その対称性は奉祭神の内容や、祭事にも及んでいるそうです。
祭神の関連はないのですが、八坂神社と両神社には深い関わりがあることになります。

境内から阿蘇五岳の一部が見えていました。
ここに見えている杵島岳と八坂神社と両神社が一本のラインで結ばれているそうです。(杵島岳線)
八坂神社 阿蘇郡南阿蘇村一関660
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「八坂神社」は、なんと、「押戸石」のほぼ真南でした!179.80°とでました。誤差は 81mくらいかなぁ…ちょっと大きいかな?
このラインを北に延ばすと「高塚愛宕地蔵尊」というところにとても近いです。
チェリーさん、またまた驚き。
押戸石山では、スコットランドの青年がケルト風の祈りー東西南北の神への感謝ー南は火の神でしたよ!!!
それを思い出しました。
高塚にはその近くに凄く面白い磐座群があります。
まるで双六のようにどんどんと歩かされる^^
面白スギですね^^









