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ひもろぎ逍遥

脇巫女 32集う


脇巫女 32
 WAKIMIKO
集う

 
今日、1月9日はひと月前から古月と七色と私の三人で
鞍手で会う約束をしていた。

その時は、格別テーマもなかったが、今年に入っていきなり
古月が幾何学模様を描き始めて状況が変わった。

星読も合流できるということで、四人で流れに任せながら
鞍手を回ることにした。

私は五芒星についても直接説明を受けようと、
送られて来た資料を慌ただしく印刷して持って行った。

今日は、回った場所を忘れないように簡単なメモを残しておこう。

六嶽神社
 二週間前の夜中に訪れた宮はさわやかな表情で迎えてくれた。



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ここにはかつて宇佐宮があり、到津(いとうづ)へ遷り、
何か所か遷りながら現在地に至ったという話を聞いた。

鳥居が鉄さびのように赤い部分が残っているが、
水銀ではないかという話になった。
星読によると、水銀が近くで採れていたという。



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断層の陥没の跡とみられる谷。

日足が示す辺りが水銀が採れた所。
タタラグチも見えている範囲にあるとか。

ここでは断層が上下にずれて鉱脈が露出したために
採掘しやすかったはずという。

小狭田彦はやはり褒賞としてこの地を与えられた可能性が高くなった。





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鍛冶屋の字名のある地形。
山の上の方に白山神社があったという。
先ほどの山脈はここで終わる。





虚空蔵菩薩は京都では事代主とされている話題が出て長谷寺へ。

その裏手の山に御堂があり、そこに祀られていた。
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これはそこに至る石段。御堂は撮り忘れ。






山から下りて別の石段を上ると長谷寺に着く。



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お籠り堂には座った長谷観音。






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鉄の扉の御堂には十一面観音立像がある。
本日、星読の計らいで直接拝観させていただいた。







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これは御堂を立て直すときに住職が大切に残した瓦。

古月が月とラセンに気づく。
満月と三日月。
そこに「大月守」の字が彫られていた。

鞍手には「月守」姓が今も残るという。

瓦には花のような渦巻き文様が。

まるで古月が発見した金星の聖なるラセン模様とそっくりだ。
これは「月守の民」があのラセンを描いたというメッセージか。






ラセンがずれ始めた箇所がこの長谷寺。
向こうの虚空蔵菩薩の御堂があった山と
こちらの長谷寺の間に急激な陥没跡があった。



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断層が谷となって残っていた。
聖ラインの引き直しの根拠が目の前にあった。








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最後にラセンの起点となる新入の剣神社へ。
七色は物部の匂いがする神社だという。

展望の効く立地。亀の神紋。






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祭神は日々福知山を見ておられる。








その境内の左手に六ケ岳。

七色が作図の中にあるバッテンの位置を尋ねる。

地図と照らし合わせて、六ケ岳の最高峰、旭岳だと確認。



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日足が出て、右端にその場所があることを示してくれた。

二つの聖ラセンのバランス点、すなわち中央の点を求めると
旭岳になったと古月は結論づけた。

そして、三つ目の聖ラセンの始まりも同じ所だろうと予測している。
すなわち、旭岳から三つの巨大な聖ラセンが描かれている可能性がある。




この正面は福知山断層。そして背中には西山断層。

ダイナミックな地球の活動が目の前に広がっていた。

最後に絵都と千鶴も合流して脇巫女たちの集い。

展開は早い。

きっと毎日ワクワクして続きを楽しみにしている訪問者もまた
縁があるのだろう。

いつか一堂に会する日がくるのかもしれない。

今日から水星と木星が逆行。
時間を遡るような雰囲気が濃くなる時だという。







最後に写真を整理していて、六ケ岳の神紋に驚く。


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大地に描かれた聖なるラセンがそこにあった。


追記
タツさんへ

椿谷地蔵尊







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Commented by 七色 at 2016-01-10 07:52 x
るなさん、古月さん、星読さん、千鶴さん、絵都さん、おはようございます。昨日は大変お世話になりました。
初めての読者会「脇巫女」!!とても勉強になりました。色々なデータも取れまして「鞍手」を月守、星読、物部、海の民の過去魂を知る必要性、「新入」を月守、海の民、物部の過去魂を知る必要性を感じました。

そして後半から千鶴さん、絵都さんらと合流出来て・・・テーブルを囲みスタートしたのが「脇巫女炸裂トーク」今後行くべき場所、抑える場所、発見していく場所等々、過去魂記憶が皆さんに甦ったような脇巫女会
とても懐かしかったです。思いかけず絵都さんの所からの脇巫女力、お見それしました。

本日、七色は物部・熊襲過去魂を持ちの夫と七色母らを「杉守神社、薬王寺龍頭観音・砂防・山水」へ案内し「皆で過去世での過ちへ手を合わせてご免なさい」をしてきます。またご報告致します。
Commented by 七色 at 2016-01-10 08:19 x
チェリーさんへ
おはようございます。昨日脇巫女会 国プロ(国家プロジェクト)会がスタート致しました。皆さんの口から
チェリーさんの話題が所々出てきていました。

本日、薬王寺龍頭観音(夢で卵6個を依頼(笑))→杉守神社へお参りに行きます。行き道は上記↑↑↑です

そして明日1月11日(月)は海の民脇巫女である、千鶴さん、絵都さん、七色で清水寺(黒丸)・高木神社(西山)水源をお参りに行きます。現地案内人は黒丸むらおこし会会長様です。案内人は皆さんをとても快く迎えて下さり、まるで過去魂記憶を知っているかのようですよ☆

あとは数日前から絵都さんの方から「馬口の滝」断層のblogが気になるとお呼ばれ兆しがあります。すでに千鶴さん、絵都さん(海の民脇巫女が現地へ行くと盛り上がっていましたよ)清水寺の清水と文字が夢に出てきたのは・・・絵都さんです。行基につながる方なので「行基さんプロジェクト」には必要かと・・・^ ^☆
本日薬王寺龍頭観音参拝またご報告致します。
Commented by K at 2016-01-10 09:28 x
おはようございます。

何と清水寺に続き、剣神社まで・・・。我が産土さまなのです。
新入の名の語源には「神入」なども聞いたことがありますが、
水銀の話を聞くと「にう」の音と結ぶつけたい気も。しかし、それは流石に飛躍が過ぎるというものでしょうね^^;

水銀ではないですが、これも六ヶ岳内にある剣神社の元宮近くではかつて金鉱があって、言い伝えではその坑口から正月の二日に三本足の白馬が飛び出して天を駆け回ったとか。その馬を見ると一年間幸運に恵まれるというので、近隣から人々が押し寄せていたそうです。

また取り留めの無い話になってしまいましたが、いろいろ個人的なご縁のある寺社のお話が続いて実に有難いです。
ついで話しですが父方が宗像吉留なので、八所宮にもご縁が深いのです。私見ですが、こちらは元々瀬織津姫のお宮だったのではと思っております。

Commented by 七色 at 2016-01-10 11:31 x
Kさんへ
初めまして七色と申します。八所宮へも絵都さん、千鶴さんと龍神池や祭祀場跡へ行きます。るなさんに伺った所、吉留・吉武の山々は鉱山で・・・いわゆる熊襲の痕跡があるようで。
そして私は娘の父方が吉留です。高六の豊日分宮、猿田彦、宗像三女やグローバルアリーナ山々ともご縁があります。
Kさんも脇巫女会 是非ともテーブルを囲んでみられてはどうでしょう?(≧▽≦)
八所宮もセオリツ!!お見それしました。
↑↑↑
それは実に納得出来ます!!
また吉留関連の情報教えて下さい。
Commented by furutsuki at 2016-01-10 15:15 x
長谷の十一面観音菩薩立像を説明してくださったご住職の奥様が、光背の頭の部分は、天すなわち宇宙を表すと仰っていました。そこに描いてある瑞雲か渦巻きかの模様の数がちょうど十でした。十の宮に天球を分割する考え方は金星暦から来ているのだうかと思いました。月暦からは十二の宮になります。
Commented by lunabura at 2016-01-10 21:23
七色さん、皆旧知の友人のようにリラックスして楽しかったですね。
取り組めることがそれぞれに理解できた集まりでした。
Commented by lunabura at 2016-01-10 21:26
Kさん、六ケ岳で金が採れていたとは!
探していたのですが、まさかそこでとは。
六嶽神社そばの水銀とセットと見ることができます。
装飾品の工人も地元にいたかもしれませんね。
Commented by lunabura at 2016-01-10 21:28
furutsukisさん、だんだんシンボルが揃ってきました。
月守を具体的に描きだせるかもしれませんね。
Commented by furutsuki at 2016-01-11 08:22 x
おはようございます。あの瓦は特に面白かったですね。
あれから立て続けに夢を見ました。七色さんに「夢をみるようになる」といわれたからかな? 夢の内容と今やってみた図をメールします。
Commented by タツ at 2016-01-11 09:12 x
るなさん、皆さん、おはようございます。

ただ今、鞍手界隈探訪のための情報収集中です。皆さんの神社探訪記を参考にさせていただいてますが、鞍手町周辺の地図を見ていましたら、六ヶ岳南麓に“椿”という字名がありました。

“椿”は渡来系技術者集団が御神木として信奉し、入植先に神の依代として植えていったという説があります。この話は菊池地名研究会でも話題になりました。

この地区の北側には、六ヶ岳山頂をほぼ真北に望む山があって、その傍らには神社マークが付いてます。祭神も気になります。

この椿地区にも古代の出来事を連想させるものがありはしないか、これまでの皆さんのやりとりの中に、何かこの地区の情報があればと思いました。

七色さんの前のコメントに、“おじか・火山”はどこだというものがありましたが、由布岳の東、別府地獄群の南約5kmに“小鹿山(h=727m)”があり、その麓には“神楽女湖”という小さな湖があります。その近くにも椿地名があり、金属を求めて火山地帯に分け入った技術者集団を彷彿とさせます。

小さな情報でもありましたらよろしくお願いいたします。

Commented by furutsuki at 2016-01-11 10:30 x
鞍手に「椿」さんいらっしゃいますよ。
椿の生垣も至る所にありました。特に古門・上木月。
Commented by furutsuki at 2016-01-11 10:51 x
三潴郡に椿姓集中地があるよと今聞きました。
Commented by タツ at 2016-01-11 14:24 x
furutsukiさん、早速ご返答いただきありがとうございますm(__)m

荒五郎山という山の周辺から東方面ですね。順路に入れます。
上木月の隣に“瀬戸”がありますが、瀬戸は狭門、海峡ですから、かつて
ここが湊だった時代があったかもしれないですね。田を挟んで対になって
いる神社は灯台だったようにも見えます。この辺りも見るところが多そうです。

三潴郡にも椿姓が多いとのこと。実は私の父方祖父の里は三潴町の隣の
みやき町です。あいにく私は椿姓ではありませんが、椿だったら
“椿 三十郎”という名がいいです^^
Commented by furutsuki at 2016-01-11 15:45 x
もっと上流(南方向)の楠橋に縄文時代の貝塚が出ています。
垣生公園のところが湊だったと言い伝えられています。
古門・木月・上木月・底井野あたりは、弥生時代の灯台址は、
ここがそうとピンポイントで言い伝えが残っていると思います。
私が知っているだけでも何か所もあります。
上木月はそんな詳しくないですが、その辺りの武家屋敷のようなお家に訊けば、判明すると思います。小学生の頃に上木月の灯台址も教えてもらったことあるのですが、忘れました。
Commented by furutsuki at 2016-01-11 16:13 x
タツさんのいう椿地区の「六ヶ岳山頂をほぼ真北に望む山」は、前にメモリー四季から見えるポコポコポコの三連山の真ん中の山といっていた山ですね。神社は須賀神社だと思います。山の名は、チェリーさんが見つけていました。なんでしたっけ。
Commented by furutsuki at 2016-01-11 16:21 x
タツさん、「猿田山」でした。「祇園岳」とも。脇巫女 13でチェリーさんがコメしています。
Commented by タツ at 2016-01-11 19:03 x
furutsukiさん、重ね重ねありがとうございます。

海岸線の後退と遺跡の移り変わりが一致すると面白いです。
灯台は湊だけでなく、進入航路を示したかもしれませんが、やはり
その跡があるのですね。そういった資料がないか、鞍手町の
歴史民族博物館にも問い合わせてみます。

椿地区の山は仰るように猿田山のことでした。高さも一致します。
先にお話しました渡来系技術者集団は、定住すると猿田彦を祭った
というのが続きです。神社の詳細はわかりませんが、この椿地名と
猿田山の組合せは絵に描いたような事例に思われます。

そういえば、鞍手から宗像への道路沿いにその名も“猿田”という
集落がありました。鞍手探訪計画はテーマをはっきり決めないと
とても日帰りでは終わりそうにないと思えてきました。
Commented by 七色 at 2016-01-11 20:45 x
皆様 こんばんは
本日は海の民脇巫女を引き連れての若宮黒丸地区、高木神社・清水寺(せいすいじ)へ参拝に行きました。現地案内人である黒丸むらおこし会顧問の方(過去魂ではオサです)による案内により3時間、お勉強と祈り、景色、清水寺の人の温かさを感じるツアーを楽しんで参りました。
千鶴さん、絵都さん お疲れ様でした。
「海の力 人魚姫 88にはビックリしましたが・・・良いデータが取れました」
ありがとうございました。是非とも、るなさんをお連れしたいです☆

るなさんへ本日後程連絡致します。昨日と今日と明日の件です。宜しくお願いします。
Commented by lunabura at 2016-01-11 22:00
タツさん、古月さん
こんばんは。

椿の群生地は鞍手ではありませんが、久山町の伊野天照皇大神宮から登った神路山に延々と続いていました。山系としては西山山系となります。
志賀島の表津宮あとや、仲津宮にもありましたね。

猿田彦は特に那珂川町が中心だと真鍋は書いていますが、
これは各地にあって、特定できません。

遠賀川流域は炭鉱があったので、地質調査が特に丹念になされていたような印象で、古遠賀湾の地図は当ブログでも写させていただいています。歴史民俗資料館でも、時代別の遺跡ジオラマがあったと思います。
ただ、歴史観光マップが外部の人には分かりづらいので、オリジナルで国土地理院の地図を貼り合わせて調べています。標高が意外に低く、かなり奥にも「津」地名があります。
観光マップにも古代の灯台の伝承地など反映していただきたいですね。何しろ、饒田津説があるほどですから。
Commented by lunabura at 2016-01-11 22:02
七色さん こんばんは。
良い探査と祈りだったようで、良かったです。
当方も一段落しました♪
Commented by 七色 at 2016-01-11 23:35 x
タツさんへ

六ヶ岳に椿谷あります。宮若市(旧宮田)須賀神社付近にあるコノハナサクヤお滝あたりが椿じゃないでしょうか??
Commented by furutsuki at 2016-01-11 23:41 x
タツさん、湊の伝承地もここは誰それが船を着けたとか、誰それの頃には入れなくなっていたとか、細かく伝わっていますよ。知っている人が居なくなる前に地図にして残していくべきですね。
Commented by チェリー at 2016-01-12 01:12 x
タツさん、七色さんへ
「活火山、おじか」はタツさんのおっしゃるとおり、別府市の小鹿山かもしれません。こちらも調べてみますね。
小値賀島関連も、少しラインが引けましたので、またまとめます。
少しお時間をくださいね。
Commented by K at 2016-01-12 03:10 x
こんばんは。
七色様、はじめまして。コメントありがとうございました。
これも何かのご縁、何卒よろしくお願い申し上げますm(_ _)m

そういえば、八所宮の山でもかつては金が採れたのではという話があるのですよね。

八所宮さんと瀬織津姫に関しまして、以前某所で書いた拙文を失礼して再掲させて頂きます。ご笑覧下さいませ。

(略)八所宮の社家筆頭は伊賀氏であったようですが、伊賀氏も安倍氏の系統と聞き及んでおります。さてこの伊賀氏ですが、天武帝の御代の遷座の際、遠賀郡の惣社高倉神社から移って来たもののようです。この高倉神社の祭神が高倉主と菟夫羅媛(つぶらひめ)ですが、後者は御存知のとおり大阪の御霊神社の祭神でもあります。
 八所宮の参道には「八所宮の守護神」現人神社がありまして、祭神は大直日神・神直日神です。そうなりますと、八十禍津日神の存在が浮き上がって来ますね。
 宗像郡のすぐ隣の鞍手郡は弦田物部氏の地で、粥田庄惣社天照宮は古くから一貫して「天照」の名の元ニギハヤヒを祀って来た神社ですが、その境内摂社に「西海九神社」があります。祀られる九柱の神ですが、綿津見三神・住吉三神と「神直日神・大直日神・八十禍津日神」です。何故か(?)「中津宮」として湍津姫神も合わせ祀られています。さらにこの西海九神社は鞍手郡でも八所宮のある地にぐっと近い倉久にある春日神社(久しく宗像大宮司の崇敬に与った、とのこと)でも祀られており、「大月霊神社」の異称もあったらしきことが窺えます。鞍手のこの辺りは貴船神社も多いですが、「疫神社」として八十禍津日神を祀った神社も点在しています。
 八所宮は天武治世の遷座までは麓の「御手洗の池」(祈雨の霊験で知られる)の畔に鎮座し、宗像初代大宮司清氏も着任時に参拝してこの水の清さを称える歌を詠みました。「赤馬」の地を治め、本当の祭神は謎でありつつも女神であったらしきこと。神宮寺の本尊は十一面観音・・・
Commented by K at 2016-01-12 03:23 x
lunaburaさま

つかぬことを伺いますが、真鍋大覚氏の二著復刻のお話、進展具合はいかがなのでしょう?
Commented by タツ at 2016-01-12 21:09 x
るなさん、七色さん、furutsukiさん、チェリーさん、
いろいろな情報をいただきありがとうございます。
目的地の六嶽神社へ辿りつけるか心配になってきました^^

猿田彦は長年の関心事なのですが、六ヶ岳周辺でこのような形で
出会える、また地元ならではの情報を得られるとは思いませんでした。

遠賀川流域は汀線の後退ラインに沿った遺跡と神社(祭神)の分布から、
時代毎にその地域に入ってきた人々の特徴や影響力を推測できるかも
しれませんね。とても手間はかかりそうですが、興味深い結果が
得られそうです。

ところでこちら、椿の話にたいへん興味を示した人達がおりまして、
初めは一人で鞍手町をトコトコ巡るつもりだったのですが、ニギハヤヒが
降臨したという笠置山周辺まで話がおよび、2月に探訪計画しています。
渡来人と椿の関係に迫ってきます。

七色さんへ:“六ヶ岳の椿谷”の場所の詳細を教えて
いただけますでしょうか。よろしくお願いいたします。
Commented by lunabura at 2016-01-12 22:14
皆さま、情報交換ありがとうございます。

◆タツさん、椿谷をこの記事の下に追記しました。
長遠寺別院がある谷に「椿谷地蔵尊」と書かれたマップがあります。
七色さん、星読さん、違っていたら教えてください。

久山の椿群生地の横は銅山だったらしく、汚染水が近代に流れていた話があります。神功皇后の時代も五十鈴川の水が飲めず、武内宿禰が井戸を掘らせた話があります。

◆Kさん、真鍋大覚の本に関しては、タツさんが町に問い合わせてくれました。
再販はしないそうです。
ただ、『拾遺』の方は倉庫に20冊ぐらいあったのが発見されて、販売可能だと聞きました。直接那珂川町に問い合わせてください。

◆七色さん、お疲れさまです。

◆古月さん、チェリーさん、脇巫女34をUPしました。訂正があればよろしくお願いします。
Commented by 星読 at 2016-01-13 06:50 x
椿谷地蔵尊・・・しばしお待ちを

至急確認します
Commented by 星読 at 2016-01-16 00:43 x
椿谷地蔵尊は長遠寺別院で間違いないと思います
「椿谷」は
鞍手から宮田病院へ向かう道沿いに「長遠寺別院」の看板があります
そこから山の上方と山すそを左方向に伸びています

参考:砂防ダムの池は「椿谷池」

追記
「椿原」は長谷へ向かう途中の新北「熊野神社」右側の山腹付近
標高50から140の範囲
新幹線「鞍手トンネル」の長谷出口の上方
Commented by 星読 at 2016-01-16 01:09 x
ごめんなさい!!!!

訂正「椿谷」
鞍手から宮田病院へ向かう道沿いに「長遠寺別院」の看板があります
そこから左へ路地を下ります
集落がありますが、ほぼ正面に山へ向かう道があります
そこを山の中へと入っていくと、砂防ダムが左に見えます
砂防ダムの左の上方の谷とそのまま山道を上っていき、地蔵尊へさらに上方一帯が「椿谷」です

細かすぎましたか???
Commented by furutsuki_oto at 2016-01-31 11:36
タツさん、「道主貴」も「椿」と関わり深いのですか?
「六嶽」-「宇佐(寺)」-「椿手」-「道中」-「宗像」と地名が並んで
いますね。1月中旬に宗像大社に参ったら椿がいっぱい咲いていました。
国土交通省の紋も「椿」ですね。車検証をみて気づきました。
Commented by タツ at 2016-01-31 18:05 x
こんばんは。
道主貴と椿との関係は知りません。
気がつけば周りに椿は溢れてますね。

鞍手探訪では欲張らず、椿と古代の接点の
ヒントになるようなものに出会えて、また次の
足掛かりになればと思ってます。
Commented by furutsuki_oto at 2017-02-01 23:15
宇佐市のHPを読んでいましたら、「松隈は宇佐宮中の玄関口」とさっき知りました。鞍手の道中の北にも「松隈」の地名があります。荒五郎山の東麓です。古門往還が横切ります。「六嶽」-「宇佐(寺)」-「椿手」-「道中」-「松隈」と地名が並びます。 (古月) 
Commented by lunabura at 2017-02-02 22:57
> furutsuki_otoさん
それは地元の方だからこそ分かる情報ですね!
是非とも、ブログにUPしてくださいませ。
by lunabura | 2016-01-10 00:00 | 「脇巫女」 | Comments(34)

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