人気ブログランキング |
ブログトップ

ひもろぎ逍遥

脇巫女 34 五芒星


脇巫女 34
WAKIMIKO
五芒星


今朝は、この話の最初に出て来たイチキシマ姫とおぼしき
女神の写真を思い出していたら、ビジョンが出て来た。

頭からすっぼりとベールをかぶった女性の後ろ姿だった。
十一面観音像の衣のようにたっぷりとしたひだが流れていた。
白っぽい衣だった。

その向こうに六ケ岳が見えている。
六嶽神社から見える山の形だ。
現在のような建物が無く、山裾までシルエットが見えている。

その時、シリウスがピカッと光って消えた。
次にミルザムがピカッと光って消えた。

その星々の位置は現在、2016年よりずっと左寄りにあった。

そのビジョンを見ながらもう一度シリウスを見たいと思ったが
画像は消えて目が覚めた。


さて、今日は五芒星の事を書こう。

古月の描き出した五芒星は劔神社から始まって、
次第に大きくなりながら六ケ岳を巡る。

五芒星を大地に描く方法は
ナスカの飛行絵の描き方と同じだろう。

その理論は覚えていないが、小さな画像を拡大する実験は
テレビで何度か放映された。

五芒星とは、古月によると、
「天空の星を時計とするための目盛りを大地に刻んだもの」
だそうだ。

天空の時計を大地に写すための、基本としての星の度数などを
歩きながら聞いたのだが、今、検算してみると理解できていなかった。
この詳しい説明はコメントを期待したい。

その五芒星の痕跡は鞍手の神社のみならず、道路や学校、
駅舎といったランドマークに残っているという。

小学校を古代の聖地に建てた例は時々見かける。

鞍手の五芒星の具体例を挙げてほしいと言ったら、
翌日、次の二枚の画像を送ってくれた。





c0222861_2131454.png


これは新延小学校が中心地で聖地だったことを示している。
神崎(こうざき)神社がトップにある。
この五芒星を国土地理院の地図に落とそうとしたが、
位置情報が足りずに断念した。

神崎(こうざき)神社は拙著『神功皇后伝承を歩く』の上巻にも登場する。
コメントの話題になっている古門神社の移転なども、
出版社の手を借りて具体的な流れを整理して記述した。
今ここで書けと言われても書けないほど難しかった。
持っている方には参考にしていただけたらと思う。






c0222861_21344366.png

これは問題の「鷹の口おだ山」付近の五芒星だ。
頂点の赤丸の所がチェリーさんが導き出した交点に近いのではないか。

そうすると、須賀神社の南西付近の山の中に祠か
何か残っているかもしれない。

古月は当初から月の観測地点を探していたが、
一番の候補地として、この「鷹の口おだ山」を挙げていた。

そこからは真東に金剛山が望まれ、月の出の目盛りとなる山があるという。
月の出の北限が帆柱山で、南限が福智山だ。
観測のベストポジションになるという。

二番目は埴生(はぶ)神社。
それから、星読の挙げる木月剣神社も良い地点だという。
この二社も拙著に登場する。
ということは、神功皇后の時代には既に、
朝廷を支える重要拠点となっていたことを意味する。

これらから、「鷹の口おだ山」には「月守の民」の聖地があって、
祭祀が行われていたと考えられる。

ユンボを入れると土器がザクザク出てくるそうだが、
それは祭祀の証拠となるかもしれない。
時代も特定できるはずだ。

報告書を確認すべきだ。
そこには、土器の破片から何時代か明確に書かれているはずだから。
七色や星読にその辺りをお願いできたらと思う。


イチキシマ姫はそこで殺されて、「星読みの民」は追われてしまう。
滅ぼしたクマソの末裔の跡地に小狭田彦らは祠でも建てただろうか。

悪夢を恐れるあまり、禁足地としたかもしれない。
そして、二千年近く封印されて来たとしたら、
何も建てられていないだろう。

神社でも残れば、開発という破壊から逃れられるのだが。

あとは、古月の発見した聖なる幾何学模様が解明されて
周知されれば、稀有な聖地として注目され、
止めることができるかもしれない。

脇巫女の漫画でも出れば、オタクの聖地となって、
これも守るための良い手段となるかもしれない。






いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


Commented at 2016-01-12 23:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by チェリー at 2016-01-12 23:52 x
lunaさん、こんばんは。
私が出した交点群は、も少しだけ北寄りになるかな?でも近いですねぇ…

ところで、五芒星といえば、内田一成という方のサイト「レイライン・ハンティング」の中の「近畿の五芒星」が知られています。私もそこからヒントをもらったんですよ…
Commented by furutsuki at 2016-01-13 00:40 x
私が探している五芒星は、もっと小さくて身近な、集落の日々の時計となり、暦を確認する目盛りを地に刻んだ五芒星なのです。五芒星になってしまうのは、天球を十の宮に分ける思想で角度を出すための作図法から自然に出てくるのです。呪術や鎮めというより実用なのです(なんせ時計がない時代ですから)。五芒星に内在する数列から、自ずとドラゴンカーブになってしまうのです。素朴なレイラインは、遠くの山頂などを目標に定めて作図することで、自然とまとまってきていたものが、のちに体系化されたと思うのです。
Commented by furutsuki at 2016-01-13 01:07 x
チェリーさんが求めた交点群は、新幹線と九州自動車道が交差しているところの南なので、五芒星の右腕と右足の間のマタのところじゃないでしょうか。
Commented by lunabura at 2016-01-13 20:21
チェリーさんの冒頭の図を見ると、確かに新幹線の下になりますね。
古月さんの指摘される場所でしょうか。
不思議なことに、新延小学校を中心とした五芒星(最初の図)のマタの右寄りには大塚古墳があるようです。
同じ位置関係に近いでしょうか。
地図を六種類ほど見比べるのですが、あまり分からず、残念です。
Commented by チェリー at 2016-01-14 00:03 x
ごめんなさい、混乱させてしまいますね…私が出した交点群と言ったのは、住吉関係のものです。「furutsukiさんへのレポート」中の交点群は、新幹線と九州自動車道が交差しているところの、すぐ南です。
五芒星の右腕と右足の間のマタのところにとても近いですねぇ。
一度合成してみますね。(私は線を引っ張っただけなので、furutsukiさんの交点群ですよ)

杉守神社と(舞岳神社の真西・埴生神社の真南)のポイントをつなぐ直線は、室木小学校のすぐ南の、九州自動車道の上を通ります。

新延大塚古墳は上の図の、星の下のマタの少し上になるようです。

焦らずに、じっくり調べてみますね!私が調べると、こまかすぎるかもしれません…もっと大きく見たほうがいいのかもしれません…
Commented by lunabura at 2016-01-14 00:10
チェリーさん、よく分かりました♪
細かいところにこだわるのは私もそうです(^^;
その方が結局近道だと思います。
Commented by furutsuki at 2016-01-14 00:56 x
 チェリーさん、よく判りました。私はチェリーさんのように正確な線がひけないので、とても助かります。勝手なお願いにいつも応えてくださり感謝しています。線を六嶽神社まで延ばすと断層で狂ってしまうので、杉守神社から真西方向より36°南方向の線が鷹の口おだ山近傍でどこを通るか確認するのが早道かと思い直しました。図化していただけますか。
 るなさん、大塚古墳は星の下のマタのとこなんですね。鷹の口おだ山の星の下のマタは、別の理由で注目していたところです。杉守神社より真西方向から36°南方向の線がどっちに近いか、とっても気になります。
Commented by lunabura at 2016-01-14 21:27
furutsukiさん、こんばんは。
大塚古墳はマタから東へ向かい、県道と交差する直前の位置だと思いますが、正確な場所が書かれたものがありません。

Commented by 星読 at 2016-01-15 04:24 x
地元情報

大塚古墳は「泉水入口」から宗像方面へ少し行った最初の路地を左折し、少し行くと右へ登る道と直進になります。
その右に登る道の左側の小高い丘陵にあります。

Commented by 星読 at 2016-01-15 04:26 x
あっ!

細かすぎて解りにくかったかも(・・)
Commented by furutsuki at 2016-01-15 12:11 x
ありがとうございます。
Google Earth で確認できました。
33°47'11.5"N 130°39'39.2"E
Commented by furutsuki at 2016-01-17 16:09 x
今知りましたが、新延小学校の敷地内にも古墳があるのですね。
Commented by チェリー at 2016-01-18 01:49 x
furutsukiさん
「杉守神社から真西方向より36°南方向の線」をUPしました。『地図でつなぐ聖地の旅 furutsuki さんへのレポート「五芒星」 と luna さんへのレポート「宮地嶽神社古宮跡」』です。

lunaさん
「宮地嶽神社古宮跡」をいっしょに載せました。

お暇な時に御覧くださいね。

七色さん
今しばらくお待ちください…
Commented by furutsuki at 2016-01-18 12:40 x
 チェリーさんありがとうございました。234°は更に外れたようですが、若宮八幡宮だとラインに乗るのですね。それはそれで面白い結果です。
 宮田町誌によれば、「文治年中(1185-90)の文書によれば、倉久・四郎丸・上有木・下有木・芹田・原田・金丸・水原・高野・平・黒丸・金生・福丸・恵比・伊賀利・岩野・所田・古門・竹丸19村を若宮河内といい、これが即ち若宮荘だという。」ということだそうです。
Commented by lunabura at 2016-01-18 20:07
チェリーさん、ありがとうございます。
古墳がどんぴしゃり乗ってきました\(◎o◎)/!

私の立ち位置も♪
Commented by チェリー at 2016-01-22 23:55 x
lunaさんへ
lunaさんと七色さんの立ち位置が大切なヒントになるという予感がします。まあ、私のカンはあまりあてになりませんけど…
Commented by lunabura at 2016-01-23 00:00
そうなんですか\(◎o◎)/!

ま、チェリーさんの地図に登場する初の人類となれて光栄です♪

夢はあの画像より、数メートル右寄りになります。
(書いてるか…)
Commented by 七色 at 2016-02-04 00:55 x
チェリーさんへ
立ち位置ですか~(・・?
七色不思議話はかりで、すみませんm(_ _)m
by lunabura | 2016-01-12 21:35 | 「脇巫女」 | Comments(19)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25