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ひもろぎ逍遥

脇巫女47 香月物部サネアツサブロウタ

震災で亡くなった方々の御冥福をお祈り申し上げます




脇巫女47

 香月物部サネアツサブロウタ


北九州市八幡(やはた)に展開した香月氏はもともと物部だが、
小狭田彦の時代に景行天皇ヤマトタケルを支援し、香月の名を賜った。

「香月文書」を解釈すると、
香月氏は常磐津姫をヤマトタケルに差し出している。
姫は懐妊し、御剣王が生まれ、神功皇后の三韓征伐に従軍した。
凱旋後にはその褒賞か、子や孫が神官や司、王の地位で
筑豊全体の支配層に分布している。

小狭田彦自身も鞍手の六嶽神社の神官となった。

以上が文献史料から伺える香月物部だ。

物部の本貫地・鞍手町の
古物神社には新羅僧道行が盗んだ草薙剣が落ちて来たという伝承がある。
古物神社は「ふるもの」と読むが、「ふるべもののべ」と読んでほしいと
物部が言った話は先述している。
また同町には熱田神社があるが、そこには草薙剣の伝承はない。

以上を踏まえて星読の記録の続きを読んでいこう。

登場するのは
香月物部サネアツサブロウタ。
物部サブロウアキマサ。
ヤマトタケル。
そして星読だ。

物部が開発した鞍手にヤマトタケルが軍勢を率いてやって来て、
物部は受け入れ派と反対派に分裂する。
ヤマトタケルは鞍手で何者かに殺された。

◇◇ ◇

続いて「香月物部」がお見えになった
星読はその男に嘆きと怒りを感じた
菊如さんが落ち着かせようと話しかけるが、香月物部は怒りをぶちまけた
内容はこうだ


まずは「ヤマトタケル」と「物部サブロウアキマサ」の名を挙げた


九州は今のような形ではなく、いくつもの島が点在していた
九州が日本国だった

この地はわれらモノノベが守ってきた地
なぜ、ヤマトタケルに渡さねばならぬのか
モノノベたちは反発した
ヤマトタケルは自分たちが守った地を取り上げた

菊如さんはかねてから疑問を持っていた「草薙の剣」のことについて尋ねた

ヤマトタケルは戦いに行く直前に、なぜ草薙の剣をミヤズ姫に預けたのか
――預けていない
答えがあった
・・・やはり、戦いの時、ヤマトタケルは剣を持っていた

菊如さんは続けて尋ねた
新羅僧が盗んだ「草薙の剣」が何故「古物神社」にあったのかと

香月物部はモノノベが奪ったと答えた


星読は「熱田モノノベ」について尋ねてもらった
なぜ、「熱田」は武器を「古物神社」に移したのか

香月物部は「フルベ」は数が多かった、三千を越していたと答えた


つづけて菊如さんはヤマトタケルについて尋ねた
「ヤマトタケルを刺したのは誰か、ご存知か」

香月物部はいやーな笑顔で星読を見た
「俺?」
星読は思わず自分を指差して声にした

大きく笑う香月物部
星読は両手をついた

その姿を見た香月物部は手の震えは「この時の震えだ」と言った

つづけて菊如さんは
「香月物部はなぜこの地を離れたのか、逃げたのか」と尋ねた

香月物部は
「逃げたのではない。去ったのだ。
われらは、ヤマトタケルが来てからモノノベが分裂したのに嫌気がさし、
この地から去ったのだ」
と答えた

つづけて菊如さんは香月物部に名前を尋ねた

香月物部はサネアツサブロウタと名乗り、お戻りになった



崋山さんが「星読さん、誰も恨んでないよ」と。
・・・やさしい響き・・・すーっと心に入ってくるような・・・

◇◇ ◇
読んだだけでは状況があまり分からなかったので、
私は星読に連絡して、次回菊如とセッションをする時には
自分も呼んでほしいと頼んだ。

すぐに日程が決まった。
それが昨夜の3月10日だった。

深夜に帰宅したので、昨日はブログが書けなかったが、
今、理解して、こうして書いている。

重複するが、
香月物部の話では、香月はもともと鞍手にいたが、
ヤマトタケルが来て物部が受け入れ派と反対派に分裂すると、
嫌気がさして遠賀川の対岸の香月に移ったということだ。

香月物部は物部サネアツサブロウタと名乗った。
その男は、ヤマトタケルを殺したのは星読だと言った。
星読の手の震えはその時の魂の記憶だという。


香月



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by lunabura | 2016-03-11 20:10 | 「脇巫女」 | Comments(0)

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