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ひもろぎ逍遥

脇巫女51  熱田の「もののふ」


脇巫女51

 熱田の「もののふ」


星読が前回までの内容をまとめてくれた。
登場する「熱田もののふ」とは星読のことだ。
ミヤズ姫は「熱田」の姫で、サヨリ姫は「六嶽」の姫だった。

◇◇◇
<2016年2月27日> 熱田の「もののふ」

これは、熱田の「もののふ」の夢物語

2月22日と24日の二日にわたり
「菊如」さんと「崋山」さんが祈り、
見えない者たちと行った会話に同席した
「星読」が聞き、感じたことをまとめたもの
この時、多くの方々が現れたので「星読」の言葉で表現したもの

この地は「モノノベ」たちが創り、守ってきた地
その地に、海を越えて外の者たちが奪いに押し寄せて来ていた

外敵を打ち払うための武力集団「熱田」
民と土地を耕し、民と共に暮らす「新北」

これらに力添えする「古物」
ほかの多くの「モノノベ」たち
「六嶽」に従うものたち

ともに協力し合い、この地を守り、暮らしていた

この地の神聖なる山「六ケ岳」
そこより採れる鉱石
特に「黒だま」は貴重なものであった
重くて強靭な鉱石

六嶽の「たたらの者たち」は「黒だま」を製錬する技術を持っていた
「黒だま」から造られる農耕具や武器はこの地の宝

その宝を狙う外なる者たちを「熱田」と「新北」のモノノベたちは
絶妙な連携で敵から守り続けていた


あのヤマトタケルが現れるまでは・・・・

ヤマトタケルは「ひとつの国」になろうと持ちかけてきた者
だが・・・

「モノノベ」たちの意見は割れた
ともに協力してきた者たちの意見が割れた
ヤマトタケルが内なる者か、外なる者か

いや、内なる者か、外なる者かが問題ではない
われらが築き、守ってきたこの地を奪いに来たことに違いないではないか!!

引かない「熱田」
ヤマトタケル側についた「宗像」が説得

ヤマトタケル側は忠義の証として大切なもの(姫)を差し出せと迫る

引かない「熱田」
説得する「宗像」

国をひとつにするためだ

引かない「熱田」
説得する「宗像」

姫を差し出せ?
「熱田」と「新北」が姫を差し出すことは国を手放すこと
この地を手放すこと・・この地はわれらが守ってきた地・・他のものには渡せない地

われらの姫
幼き頃より活発で
野を駆け、海にもぐり、われらと戯れる背中に「ほくろ」がある元気な姫
姫の名は・・・「ミヤズ姫」

姫は渡せない・・・断じて出来ない

「熱田」の一人の「もののふ」がヤマトタケルを討ち取ることを決意する

この地を守るために・・・
「新北」と「熱田」「ふるべ」は固い絆で結ばれている
ともに聖地「六ケ岳」を守ってきた者たち
「古物」(ふるべもののべ)の地にまずは「ミヤズ姫」を移した

その「熱田」が分裂した
「熱田」は「六嶽」の姫を「熱田」にさらった。
「六嶽」の姫
姫の名は「サヨリ姫」・・・後の名を「イチキシマ姫」
壱岐の津から来た「姫」
「星読みの民」の姫巫女

「サヨリ姫」は
「黒だま」は農耕具を造るために神が授けたもの
武器を造るものではない・・・いつも言っていた心優しき姫

「熱田もののふ」は数人の伴と共にヤマトタケルを討ちに戦いへ

多くの敵を倒し、ヤマトタケルの前に立ちふさがる「熱田もののふ」
手にするは「黒だま」より造りし強靭な十握(とつか)の剣「三折(みつおれ)の剣」
左利きの「熱田もののふ」の力強き一撃がヤマトタケルの鎧を貫く
確かなる手ごたえ・・・
あろう事がヤマトタケルは自らの剣を落としてしまう
この時とばかりに「熱田もののふ」は大声で
「ヤマトタケルはもののふにあらず」と叫んだ

その叫びにひるむヤマトタケルの軍勢

すかさず剣を拾い上げる「熱田もののふ」

「熱田もののふ」は仲間に引き上げの合図を出した
幾人かのものたちが合図に従う
しかし、微動だにしない仲間がいた
声が届かないのか・・・
「熱田もののふ」は気付いた
その者たちは既に命を落としていると
・・・その姿は両の足で大地をつかみ
剣を構え
鋭い眼で敵を威嚇していた

この者たちに守られ「熱田もののふ」は「熱田」に戻る
このとき、ヤマトタケルの死を確かめなかったことが後の戦いへと繋がる

◇◇◇

鞍手には複数の物部がいた。
新北物部は農耕もする氏族。
熱田物部は武装集団だ。

「熱田」の長が「熱田もののふ」で、名を物部サンジカネモチという。
この熱田の姫はミヤズ姫という。

ふるべ物部は最大勢力だった。
これらの聖山は六ケ岳という。

その遥拝所として六嶽神社があり、近くに「たたら」という地名が残っている。
六嶽の姫はサヨリ姫で「星読みの民」の脇巫女でもあるという。


ヤマトタケルを討つ決心をしたサンジカネモチは
みやず姫を「古物」に預け、「六嶽」のサヨリ姫を奪って「熱田」にかくまった。

そうして、ヤマトタケルを襲撃する。
サンジカネモチは十握剣(とつかのつるぎ)である「三折の剣」
(みつおれのつるぎ)を持ち、ヤマトタケルに深手を負わせた。

ヤマトタケルは、持っていた草薙剣を落とす。
サンジカネモチはその草薙剣を奪い、両の手に剣を持って凱旋した。

三折の剣は刃が波打つような形をしていたという。
「黒だま」で造った剣なので、どれよりも強靭だった。



話は少しずつ肉付けが進み、内容が詳しくなっていく。





古物神社



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Commented by toyotamahime at 2016-03-19 11:32 x
るなさん、直感が薄れる前にここにコメントさせて頂きますね。
最近の記事を読んでいたら「高倉下」が妙に思い出されます。
高倉下とは〔建物・場所〕を指す場合と、それに関係する人間の呼称の場合があると感じます。伝承は移動する人間と一緒に移動するといいますから、大元の元が鞍手周辺にあるのかもしれないです。神話では「剣」の件で重要な役回りをしていますね。どう繋がるかはまだ整理出来ませんが、かする程度は関係性があると思います。長々とすみません。
Commented by tukifune83 at 2016-03-19 12:21
るなさん、こんにちは♪
物語もいよいよ佳境に入り、益々目が離せなくなってきました。(*^_^*)
るなさん独自の目線で綴られる各地にある神社の背景や宮司様達との語らい、地元の方々との触れ合いの数々に新たな発見もあり、いつも感動して読ませて頂いております。

色々とご苦労もございますでしょうが、お身体を大事になさってこれからも沢山の伝承や物語を綴っていってくださいね。
いつまでも応援しております。

by水月
Commented by 崋山 at 2016-03-19 12:31 x
心の赴くままに。
Commented by こけこま☆ at 2016-03-19 17:03 x
古物神社の横の宮司旧宅を思い出しました

鞍手郡回ってて良かった
Commented by lunabura at 2016-03-19 20:39
くらはしさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
このブログは私的な公開日記であって、営利目的にはなりません。

が、何かご迷惑をかけているようでしたら、不本意です。
よろしかったら、具体的に話していただけますか?

Commented by lunabura at 2016-03-19 20:44
toyotamahimeさん、こんばんは。
「高倉下」に関しては奥野正氏が「日本の神々」(うろ覚え)で、岡垣の高倉神社の「高倉」が該当する説を出されていて、
私も拙著『神功皇后伝承を歩く』で、その説を紹介しています。
鞍手と岡垣は古遠賀川に出ると近いです。
古物神社に降って来た草薙の剣(新羅僧が盗み出したもの)のコピーを造った所が高倉神社です。
Commented by lunabura at 2016-03-19 20:46
水月さん、こんばんは。
福岡の神社は、驚くほどの歴史に満ち、
また不可思議な出来事が今なお顕現されていますね。

こうしてシェアできるのがありがたいです^^
Commented by lunabura at 2016-03-19 20:47
崋山さん、こんばんは。
ありがとうございます^^
Commented by lunabura at 2016-03-19 20:49
こけこまさん、こんばんは。
鞍手周辺は古代の地形がそのまま残る、貴重な所ですね。

日本の古代史の謎を解く鍵が秘められていると思います。
Commented by tukifune83 at 2016-03-19 21:47
るなさん、本当にそうですよね。私も驚いています。
私の方こそ、るなさんのブログによってあらゆる世界に導かれ有り難いばかりです。(*^_^*)
Commented by ぱら at 2016-03-20 01:20 x
るなさんこんばんわ( ´ ▽ ` )ノ

熟年離婚した古くからの知人がおりました。憔悴し切って寝込む寸前の彼女を励ますつもりでランチに誘いました。話の種に、こんな本があるのよとるなさんのご本紹介しお茶話してたら自分の生まれ育った土地の産土さんの神社がアップされているのを発見し、ご本片手に一緒にお散歩がてら、それこそぶらぶらと何の目的もなく参詣することになりました。彼女のご実家は代々その神社の氏子代表のお役。結婚して郷里を離れ訳あって実家へも帰れず30年近くの時が流れておりました。
「御先祖代々ここの産土さんに護られて暮らして来たんだよね。此処へおじいさんも、その又上のおじいさんやおばあさんも此処へ来られたんだね。親戚みんなみんな此処へ来たんだよね。私は此処で育ててもらっていたんだよね。」
と言って一緒に行った私と分かれ直ぐにご実家へ行かれました。長い長い年月家に寄ることも出来ずにいた彼女ですがすぐにご実家とも和解され今ではすっかり自信を取り戻され、お稽古だけで終わっていた着付けや礼法の資格まで取られ講師のお仕事まで為さっております。

るなさんのガイドブックが切っ掛けでした。
本当に有難うございます。
Commented by tukifune83 at 2016-03-20 02:57
るなさん、夜分にすみません。ばらさん、初めまして。水月と申します。
ばらさんのコメントを拝見しまして私も深く共感してしまいました。

私が今、通っているお宮は幼い時に今は居ない祖父に手を繋いでもらい通っていた場所です。
私は、その祖父は中学生の時に自死し、それ以来そのお宮の事を忘れていました。が、時々、夢に見ていたのです。
お話し出すと長くなりますのでここら辺りでやめますが、今はまめに参拝する様になりました。その後押しをしてくれたのは、るなさんのブログです。とても感謝しています。


色んなご意見があろうかと思います。が、励みに楽しみにしている者にとってはとても哀しい事だと思います。

by水月


Commented by タツ at 2016-03-20 07:20 x
おはようございます。
るなさんの“私的な公開日記”を毎回楽しみにしています一読者です。
私的な日記とはいえ公開されている以上様々なご意見があると思いますが、
どなた様も節度あるやりとりで建設的な展開になりますよう、そして普段
知りえないいろいろなお話をお聞かせくださいますよう願っています。
Commented at 2016-03-21 00:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by lunabura | 2016-03-18 20:31 | 「脇巫女」 | Comments(14)

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