人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

ひもろぎ逍遥

磯良と大善寺


ことのかたり

磯良と大善寺
 




磯良さまと大善寺のことをお尋ねですか?

磯良さまは大善寺から「ありなれ河」に小船を召されて、
皇后さまと筑前宇美の河内にお着きになられました。

皇后さまが出産されると、ご一緒に都に上られましたよ。



当時の都ですか?
長門(下関)にございました。
仲哀天皇の都でございます。


そののち、皇后さまが崩御されると、磯良さまは
仁徳天皇の御代になって、大善寺に船で戻ってこられました。

大善寺は三韓征伐から戻って来た時、初めて上陸された所なので、
その時の御座船を大事に置かれていたのです。
もちろん、磯良さまが舵取りをされた船です。


その前の川は「天の川」にちなんで「あれなれ河」と名付けられました。
そうして、川のほとりの黒木で船を新たに作らせて、
酒見に上陸され、風浪権現を祀られました。

風浪権現とは玄界灘の荒波から船団を守られた綿津見神のことでございます。
それから九十九尊を祀られました。
九十九尊とは、天の二十八宿、地の三十六宿に二十五を合わせたものです。

磯良さまは、それから黒崎に船を寄せられ、
高良山に御遷幸されたように、そこに遷幸されたのです。
黒木の船を寄せたので、黒崎と言うようになりました。

他に、暗くなって着いたので黒崎と言うようになったと言う者もございます。


高良玉垂宮神秘書 533条






磯良と大善寺_c0222861_20413519.jpg

拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻 77 風浪宮




他の物語は下のカテゴリ<ことのかたり>、
あるいはサイドバーのそれをクリックすると、出てきます。




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
磯良と大善寺_c0222861_15184581.gif


by lunabura | 2016-06-22 20:43 | <ことのかたり> | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25