2016年 07月 30日
加茂神社(1)七山滝川
加茂神社(1)
七山滝川
さて、唐津市七山の玉島川を挟む二つの「かも」神社。
滝川の方は「加茂」という表記になっていた。

微高地ではあるが、対岸の賀茂神社に比べれば平地の印象だ。
人里の中にある。
鳥居がいくつもあって、それぞれに違う名前が彫られているので
ここも周囲の神社が合祀されているのだろう。

これが加茂神社の鳥居。

拝殿には神紋は見当たらない。
祭神は「佐賀県神社誌要」によると、
加茂別雷神、加茂次郎義賢、素戔嗚尊、天神七代、天忍穂耳尊
となっている。
加茂次郎義賢が祭祀されている事情は
「加茂次郎義賢、肥前守に任ぜられ、安元二年八月下向して
暫時此処に止まりたり。義賢逝去の後、里人其徳を欽慕し、
加茂別雷神と共にその霊を祀りて産土神と斎き奉れり。」
とあり、1176年に加茂次郎義賢が肥前守となって下向して、
しばらくここに止まったことから、里人がその霊を祀ったという。
その時、加茂別雷神を祀った。
他の神々は合祀したとある。
合祀された神々の顔ぶれが
「素戔嗚尊、天神七代、天忍穂耳尊」という点、
この地域にこのような組み合わせで祀られていたのが不思議な感じがした。

神殿の裏に石段があるので、稲荷ではないかと上ってみると、やはり稲荷だった。

円錐形の丘の上に平地があり、何度も見て来た稲荷の地形だ。
賀茂神社で製錬された鉱物はこちらで武器や農機具を作り、
保管したのではないか。
そうすると、加茂次郎義賢が下向する前からあった地形ではないかと思われた。
ここには早くから賀茂氏が入植して活動していたが、
のちに京都から改めて勧請されたのではないか。
七山では「がも」という発音があるそうで、
「賀茂」と「加茂」の書き分けもあるので、
「がも」と「かも」と言い別けをしたのだろうか。
二つで一組だろう。
この二つの「かも」神社がいかにも古社の形を伝えているように思われた。

境内からの眺め。
(つづく)
加茂神社
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