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ひめちゃご14 太神(おおが)という物部・安曇・国栖の里



ひめちゃご14

太神(おおが)という物部・安曇・国栖の里
 



春分・秋分の日に朝日が昇るという430・3mの山の名が分からなかったが、
筑後国造が遺跡地図を調べて「犬岳」と呼ばれていたことを知らせてくれた。


「太神宮」から見える山の名の字には「太」「大」がふさわしいが・・・
「、」の位置が変えられたのかなあとぼんやりと思う。
単なる脳内思考だ。





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太神宮の拝殿の彫刻には珍しい日の出の彫刻が見られる。
これはまさしく春分・秋分の日の出を描いたものとなる。

そうすると、波の模様は有明海の波を示すものだろう。
ずっと奥まで広がる穂波は海波の時代があったのだ。

海辺で島が点々とあったのが、今の沢山の杜となっていると地元では伝える。

チェリーの作図した東の山並みを見ていると、
犬岳が真東から5度ほどずれているが、
これまで前方後円墳や古代遺跡に出てきた
軸のズレ「謎の五度」を指しているのかもしれない。


古代の人は春分・秋分などは実際に太陽が昇る地点を測量して
聖方位としたのだろう。だから、軸が真東から少しずれていたのだ。

それでは、春分・秋分の日、あるいは夏至冬至をどうやって決定したのか。
真鍋は星の観察で決めていたという。
私たちの知らない小さな星でさえ、名前がついて、季節の到来を教えてくれていた。


そういう意味では「釣殿宮」は天文観測所だったということになる。
チェリーが驚いたのは「東」の観測点と「日の出の場所」の観測点を
同時に持っていたということだ。

往年は小佐島といい、船が通っていたという。
特別な人だけが上陸できたのだろう。

この釣殿宮の祭神は「阿志賀野神」といい、また景行天皇、天智天皇ともいうそうだ。

「阿」「志賀」といえば、アレか。

近くの乙姫神社には「豊玉彦と豊玉姫」という安曇の親子神が祀られて、
「赤玉・白玉」があったという。
もちろん二つの珠は龍神の干珠満珠だ。


このおかげで神功皇后が新羅に達した時、地震津波が起こって
引き波の時に下船した敵は寄せ波でおぼれたという。
新羅の国中まで波が達したと『日本書紀』は語る。




さて、話を戻そう。




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この太神(おおが)の天文観測の担い手は物部氏が主体だろうが、
すぐ近くのこうやの宮(磯上物部神社)に祀られている五体の神像の中の
左下のカッパに注目したい。

地元では「かっぱさん」と呼ばれている。
水神で、300年以上も「河童まつり」がつづいているという。

子供が水に引かれないようにと畏れられているが、
古代には龍神の使いとして尊ばれ、驚くほどの技術を持っていたという。

銅鏡や鉄刀の工人が道教の天使と共に有明海から上陸したという話が聞かれる。
(「南方からの使者」という訳ではない)



真鍋の伝える、國栖(くず)のことだ。
彼らは天文祭祀にも精通していて、倭人に暦なども教えたという。
そんな話、久留米で話したことがあるのを思い出した。

(ちなみに、主祭神はその(3)の鏡を持って男装している女神像である。
近畿天皇家からの使者という訳ではない。)



そして、ただ今、地震が起きた。
震源は朝鮮半島南部。

新羅の南方か。
神功皇后の不戦勝は新羅沖の地震による津波だった・・・

現在、そこには原発村がずらりと並んでいる。





赤 釣殿宮  青 日出天神?(ひいでてんじん)






日出天神も何らかの観測所か。




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by lunabura | 2016-09-12 21:27 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)
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Commented by チェリー at 2016-09-13 00:03 x
lunaさん、こんばんは。
たくさん御紹介していただいて、ありがとうございました。
太神宮の日の出の彫刻には驚きました。本当に日の出を拝んでいたんですね!

日出天神は、googleマップのストリートビューで、青い印から30mくらい東側の、堤防から見える祠でしょうか?
カシバードでざっと見ましたが、場所の意図するところが、まだわかりません。太神宮とはまた別の意味があるんでしょうね。観測所がこの地域に集まっているのかもしれません…

太神宮から見た犬岳のずれは、真東から 1.2°でした。画像の上端の目盛は1°刻みです。またしても説明不足で申し訳ありませんでした。
Commented by lunabura at 2016-09-13 21:52
こちらこそ、沢山の画像を作成してくださってありがとうございます。
日出天神は、参考資料でも「?」がついていて、名前が残っていても地元の方にも分からなくなっているようです。
なんとなく、御牧山のイメージがあるんですが。

5度ズレは、例えば山が高かったり、あるいは近かったらそんな角度から日が出るのかなと思ったのですが、いかがですか。
Commented by チェリー at 2016-09-14 01:08 x
lunaさんのおっしゃる通りです。もっと山が近かったり、高かったりすると、太陽が顔を見せる位置は真東から離れていきます。
地平線からの日の出時刻から30分もすると、5°くらい南側にずれると思います。

日出天神から見た御牧山からの日の出は 9月6日頃と4月6日頃になりました。
(えらく簡単にわかりましたけれど…)
その日にちに意味があるのかどうでしょうか…

それから…御牧山頂上の三角点から真西が「こうの宮」になりました。269.99°です。
すごく真西ですねぇ…これは、キリがないですねぇ…

Commented by lunabura at 2016-09-18 22:23
チェリーさん、調べてくださってありがとうございます。
祭日などとも突き合わせる必要があるのかなあと思いながらも、奥が深すぎて・・・やはりキリがないですね。
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