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胸形君徳善は684年には生きていた



胸形君徳善は684年には生きていた



各地の考古学の専門家の一般向けの講座には出来るだけ足を運んでいる。
先日も話題の中に「宮地嶽古墳の被葬者は胸形徳善」という話が出た。

考古学会では全くこの説は疑われていないようだ。
聞くたびに悲しくなる。

宮地嶽神社は安曇族であり、宗像族ではない。



今日は中大兄皇子が天智天皇に即位した時期を年表にしていたのだが、
意外な所に徳善の名が出て来た。

岩波文庫で『日本書紀』を読んでいたのだが、
本文では天武天皇2年に
「胸形君徳善の女(むすめ)尼子娘(あまこのいらつめ)」
と出てくる。

その補注に、
「胸形君は天武天皇13年11月に朝臣姓を賜った」
という内容が書かれていた。

天武13年は684年だ。
宮地嶽古墳の築造は600年前後だ。

これで、完全に徳善説を否定する資料が出て来た。
646年には薄葬令が出ている。
徳善の時代にはあれほどの巨大な墓を造ることはなかったはずだ。



今日は宮地嶽神社に参拝したからかなあ。

思いがけない資料に出会った。






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by lunabura | 2016-09-26 23:36 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(0)
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