2017年 05月 09日
ひめちゃご76 高良山―英彦山 香春岳を巡る争い
ひめちゃご76
高良山vs英彦山 香春岳を巡る争い
「高良玉垂宮神秘書」より
前回まで英彦山の話だったが、
今回は高良山に伝わる謎の本「高良玉垂宮神秘書」に
出てくる英彦山の話を紹介しよう。
142条 彦権現、異国人ニテマシマスノ間、彦権現ハカリコトヲ ナシ玉フ、
(略)高良ノ、彦権現ハ、モツハラノテキ神ナリ
高良にとって彦権現は異国人で「もっぱらの敵神なり」
という、珍しい話が書かれている。
こうなった理由は彦権現がはかり事をしたからだが、
その事情はずっと後の212条に出てくる。
それは豊前国の香春岳を巡る争いだった。
意訳をしよう。
212条
香春岳に異国から異国人が攻めてきたら、
三の岳に高良三所大菩薩が降臨して異類を退治しようと誓いを立てた。
異国征伐の時、高良大菩薩が三の岳に登って
異国のようすを視察したことから、
(香春岳)を高良峰と名付けた。
彦権現がはかりごとをして、高良峰を洗い崩そうと、
横に並んでいた山から樋を掛けて水を流したのを、
高良大菩薩が神通力で知って、樋を蹴ってのけたため大洪水になった。
また、仲哀天皇の崩御のあと、薫香が香春岳に垂迹して留まったので、
香春岳ともいう。
というものだ。
これは三韓征伐の直後、神功皇后や安曇磯良、武内宿禰の時代にあたる。
田川の若八幡神社の縁起によると、ここは神夏磯姫が開発した所だ。
その子か孫の夏羽の時代に仲哀天皇、神功皇后たちがやってきた。
そのあと、田油津姫と夏羽の兄妹は朝廷側に滅ぼされた。
その結果、香春岳は朝廷を支える安曇族の支配下になったことが
この二つの条から伺える。
高良大菩薩とはこの時代は安曇磯良を指している。
この香春岳を彦権現が奪おうとしたとき、
大洪水があったことが神話的に描かれているのが面白い。
二つの条から、かわら岳(香春)の地名由来として、
1 こうら(かうら)が支配したので「高良(かわら)峰」といった。
2 仲哀天皇が亡くなったあと椎の木に立てかけた棺から
良い香りがした(香椎・かしひ)という故事があり、
その香りが垂迹したから「香春」となった。
という、二つの話を述べている。
この本の成立は秀吉や家康の時代の頃なので、
それを考慮にして読まねばならない。
そんな中で、分かるのは
香春岳の銅山が古代から争奪の的になったということだ。
とれるのは銅だけではない。多くの種類の鉱物が採れていた。
金ももちろん。
九州に渡来人が各地からやって来て、この宝の山を発見して、
渡来人同士、争いながらも棲み分けをしていく過程が見えるような条文だ。
人間はロケットを飛ばしてまでも新しいミネラル(鉱物)に好奇心を持つ。
古代から、どんだけ鉱物好きなのか、と時々思う。
この話もそんなことを思わせる話だった。

三の岳は削られた山の左二つ目。
『神功皇后伝承を歩く』下巻60 若八幡神社 皇后軍は夏羽を滅ぼした
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そうすると、この先、それを使う機会が、、、
まだまだ始まりですかね。(^^;
「天の川」に関しては、佐賀の天川、小郡のヒメコソ、宗像大島の天の川が思い出されます。
星の伝説は小郡のヒメコソぐらいでしょうか。
「高良山と香春岳」には該当する話に出会っていません。
真鍋はありなれ川が天の川の見立てで、高良山あたりは天の川のカペラ付近に位置するという話だったような。(昔過ぎて、あいまいです)
こんなところでしょうか。
高良が月神であるのは、玉垂命が干珠満珠を高良山に持って来たからで、潮の満ち引きをもたらす月神信仰が共に入ってきたのでしょう。
アントンイソラの存在は歴史から徹底的に消されています。









