2017年 07月 08日
古代の銅と鉄の話を聞きに
今日は古代の銅と鉄の話を聞きに行ってきました。
面白かったし、全体の流れとか、遺跡の名前とか、
沢山のことを知りました。
工学的な話と考古学そして私の伝承学(?)がどう繋がるのか、
が課題なんだなと、これからの目標も明らかになりました。
面白かった点、また疑問に思った点など、メモしておこう。
メモ
紀元前9世紀、ライン川やドナウ川上流域でケルト人がリモナイトを製錬していた。
(ケルト人はリモナイトで鉄を作ってた!)
阿蘇山のリモナイトと「火」を使った痕跡は
鉄のためでなく、ベンガラ生産のためである。
(ベンガラの需要がそれほど高かったのだろうか)
長登遺跡の銅精錬遺跡の「長登」という地名は
「奈良登り」と言って、奈良の大仏に銅が運ばれたことからついた
という伝承があったが、それが鉛同位体の調査やヒ素含有量、
木簡出土で証明された。
(奈良の大仏の銅は香春岳のものが一番多いと文献で見たが、
その話は出なかった)
弥生時代の銅の原産地は鉛同位体の比較の結果、
中国大陸か朝鮮半島のもので、日本では生産されなかった。
鉄の歴史は隕鉄から。ニッケルの含有量で判別できる。
組織的な金属生産は倭国ではなく日本国の時代から。
倭人はリモナイトではなく、磁鉄鉱(砂鉄)を製錬した。
世界的にも珍しいケース。
鉄が先か銅が先かは古来から論争があった。
などなど。
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