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青幡神社 伊万里市 神功皇后の青幡白旗にちなむ宮 松浦党


青幡神社 伊万里市

神功皇后の青幡白旗にちなむ宮

松浦党の祖




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いきなり巨大なクスノキ!
ここは伊万里市の青幡神社です。

伊万里湾の西に鎮座する宮です。







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大通りから入ると古社の風情が迫ってきます。
ここからは横から入ることになります。







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正面に回りました。







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拝殿です。
祭神は武甕槌命、経津主命、比売大神、天津児屋根命。
ほか多数。

縁起が見当たらないので、
『佐賀県神社誌要』から口語訳します。

本社、社号及び二の宮白旗神社の社号は、神功皇后征韓の軍旗に始まる。

神功皇后が三韓を征する時、まず神代の天の磐戸の神事に
青と白の幣が使われたことにちなんで、青幡、白旗をつくり、
左右の先鋒旗にされたという。

その後、後冷泉天皇康平6年(1063)、
鎮守府将軍の源頼義が八幡宮を鎌倉に勧請する時、
青幡を陸軍神、白旗を海軍神と定めて左右の摂社として奉鎮した。


青幡、白旗は神功皇后にちなむものでした。
天の磐戸の神事があった所といえば、志賀島の神遊の瀬を思い出します。
そこで皇后は神楽を奏したといいます。

その神事の幣は青と白だった訳ですね。

それにちなんで青幡、白旗を造って左右の先鋒旗にされたという。

この戦いの縁起絵巻が各地に伝わっていますが、
紅白のケースと青白のケースがあります。

紅白の旗は宗像の織幡神社で造らせた縁起があります。
それは長手というものになるので、
ナカテではないかと話が盛り上がったことがあります。

そう、運動会の門に紅白の螺旋を巻くやつ。
ルーツがメイポールダンスと関連してましたね。



話を戻しましょう。
この青幡白旗は鎌倉で陸軍神、海軍神のシンボルとなったそうです。
これは初耳で、興味深いですね。





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さて、縁起の続きです。

近衛天皇久安5年(1149)、源太夫判官松浦直が松浦党の主領として
その政庁を当国松浦郡山代郷、里村に開設し、
南北百間の鬼門の相として青幡神社を創建し、鎌倉八幡宮の末社とし、
郷の宗廟と定め、また白旗宮を伊万里の境に建てて二の宮とし、
共に家門の安泰武運の長久を祈る。


松浦直についてですが、
ルーツは嵯峨天皇の皇子融だそうです。

融が源の姓を賜り、その融の八世の孫源久がこの松浦郷に西下して松浦氏を称し、
松浦党の祖となりました。

その久の長子が源直だということです。

ここは東山代という所ですが、館を設け、政庁の鎮守として青幡神社(一の宮)、
白旗神社(二の宮)および宝積寺を創建したそうです。
(境内掲示板より)



松浦党の歴史、初めて出会いました。



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佐賀県伊万里市東山代町里348






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by lunabura | 2017-08-15 21:34 | 神社(ア) | Comments(0)

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