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深き山里より下りて 美奈宜神社(寺内)



深き山里より下りて  

美奈宜神社(寺内)







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神功皇后が天神地祇を祀って祈った喰那尾神社から
数度の遷宮を経て現在地に鎮座した美奈宜神社。










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その古社の風情は格別だ。
それでも秋月種実の頃に鎮座したというので、意外と新しい。

朝倉に来てからはバスハイクの皆さんの滞在がずいぶん長くなった。
それぞれに心の中で対話しているのだろう。

苔むした境内の建造物たち。

立体的な境内の地形。










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ずらりと並ぶ祠に知った社号を見つける。

志登神社がここに。
織幡神社もここに。


そして、パズルのカケラがはまり、意味を伝えてくる。

祭神と歴史が交錯する。










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宮地嶽神社だけが格別高いところに鎮座していた。

この意味は?
そう、斉明天皇も朝倉に来て翌日には傍の宮地嶽神社で祈願した。

朝倉の宮殿を準備したのは安曇族だろう。
白村江の直前まで、朝倉の支配層にいたのだろう。

そんな事を考えていると、
「これは十字架?」
という声に誘われて見に行く。









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すでにアンドレアス十字を砥上神社で見つけていた。
ここは、正十字。ケルト十字架にも近い。
隠れキリシタンがいたのかもしれない。

宣教師が入って来た時、海の人たちは先祖の言い伝えの断片をその言葉に聞き、
キリスト教徒となった人もいるという。
海には境がない。




さて、この宮は仁徳天皇の勅命で祀られたという。
神功皇后の孫。
仁徳天皇の名を最近はよく耳にする。
そこにも光と影があるのだろう。









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ほら、桜の枝が赤くなり始めた。
ここは、あ・さくら。だ(^^♪











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川の上流に寺内ダムがある。
この川はダムが流木を防いでくれた。


『神功皇后伝承を歩く』上巻51 神功皇后は戦勝の奉告をした





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by lunabura | 2018-01-26 20:45 | バスハイク | Comments(0)
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