2018年 02月 04日
八咫烏3 日本書紀
八咫烏3 日本書紀
昨日は『古事記』でしたので、
今日は『日本書紀』の八咫烏を調べていきましょう。
やはり訳しますが、あらすじとなります。
神武天皇は神(かむ)日本磐余彦(やまといわれびこの)天皇、
海童は「わたつみ」すなわち豊玉彦
舟師は「みふねいくさ」、
一柱騰宮は「あしひとつあがりのみや」
莬沙津彦は「うさつひこ」
天種子命は「あまつたねのみこと」
丹敷戸畔は「にしきとべ」
武甕雷神は「たけみかづち」
韴霊は「ふつのみたま」
岡水門は「おかのみなと」遠賀川河口域
頭八咫烏で「やたのからす」
と読みます。
◆
神日本磐余彦天皇は、母は海童の娘の玉依姫で、
45歳の時に兄や子たち、舟師を率いて東征する。
筑紫国莬沙(宇佐)では莬沙津彦・莬沙津媛が一柱騰宮を造って饗応した。
命は侍臣の天種子命(中臣の遠祖)に莬沙津媛を娶らせた。
11月9日に天皇は筑紫国岡水門に着き、翌月安芸に着いた。
(こののち、五瀬命、稲飯命、三毛入野命死去)
熊野で丹敷戸畔を殺すと、神の毒気で軍勢は気を失った。
一方、熊野の高倉下が夢を見た。
天照大神が武甕雷神に「行って討て」と命じたが、
武甕雷神は自分の代わりに韴霊を降ろせば国は自然と平定される、
と言う夢だった。
高倉下が目覚めると倉の底板に剣が立っていたので、
それを天皇に渡すと皆目覚めた。
天照大神が天皇の夢に出て、頭八咫烏を遣わすので郷導(くにのみちびき)とするようにと、告げた。烏に従って山を踏み分けて行った。
◆
ここでは八咫烏は天照大神が遣わしたことになっています。
八咫烏が導いたルートは山道ですね。
日本書紀では宇佐を筑紫国としています。正しくは豊国です。
が、足一騰宮がある安心院(あじむ)には
筑紫君の水沼という記事が出てくるので、
一概に豊国が正しいと言えないようになりました。
足一騰宮については過去記事があります。
歴史カフェでは今回は時間をかけて見ていきます。
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