2018年 03月 13日
ウーナ23 七つの珠2 いとしま船越 綿積神社
ウーナ23
七つの珠2
いとしま船越 綿積神社

2017年11月11日の時間に戻ろう。四か月前のことになる。
「七つの珠」はこの日、菊如と崋山が糸島の二見ケ浦で預かったものだ。
その日、私はたまたま時間が空いていて、二人に付いていくことになった。
運転は白皇だ。
この日、一体何が起きたのか、何を学んだのかさっぱり覚えていない。
これでは「七つの珠」の意味が分からないではないか。
そう思い、今になって書き記すことにした。
菊如と崋山は朝のうちに二見ケ浦に行き、夕方再び戻って来て「何か」を受け取る予定だったのを後から知った。

二見ケ浦は美しい。命を生み出す海。
ここで何を受け取るのかは分からなかった。

鵜が何気に七羽写っていた。
空いた時間を糸島で過ごす。
崋山は豊玉姫に関わり始めていた。
「るなさん、何処に行ったらいい?」
と尋ねられても、状況を全く知らない私は観光案内のつもりで「平原遺跡。豊玉姫なら志登神社がいいんじゃない?」と答えた。
菊如は「もう一度、桜谷の若宮神社に行きたい」と言った。
これで話が決まって、まずは近い「若宮神社」に向かったが、着いたのは船越の綿積神社だった。(という話は以前書いた)
今日はその詳細だ。
境内掲示板があった。
綿積神社
鎮座地 糸島郡志摩町大字船越170番地
祭神 豊玉彦命、鵜茅葺不合命、豊玉姫命
例祭日 4月29日、7月15日
由緒 当社は古来齋浜に御座ありたるを秀吉の西征に際し神田悉く没収に相成り、神社も破壊に及びたれば齋大明神を現在の龍王崎に遷し今日迄祭祀せるものなり、
昔より牛馬安産の神として遠近の信仰厚きは神功皇后渡航の砌武内宿禰をして牛馬安産の祈願をなされた因縁に依るものと伝えられる。(略)
祭神は豊玉彦命と豊玉姫命の父と娘。そしてその子のウガヤフキアエズという、三世代の安曇の神々だ。この組み合わせはとても珍しい。
社号も元は「龍王宮」と呼んだという。
現在地は引津湾に面した船越の龍王崎に鎮座するが、もともと「齋(いつき)浜」という所に鎮座していたものを現在地に遷したものだろいう。
秀吉がここでも神田没収、神社破壊を行っている。
牛馬安全の神として信仰されたゆえんは、神功皇后の三韓討伐の時に武内宿禰が牛馬の安全を祈願したからという。

綿積神社の前景。

社殿。

社前の引津湾。
ここから遣新羅使を乗せた船が出港している。
齋浜の場所は分からないが、遠く海を越えて出港する船人たちはこの神々に手を合わせて祈ったことだろう。
<20180313>
◆歴史カフェ小城◆
4月14日(土)第1回 3時~5時
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会場:小城鍋島家Ten
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