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ひもろぎ逍遥

タイトルを考え直す




タイトルを考え直す



今日は小城鍋島家Tenでの歴史カフェのレジメを作成していました。

次回のテーマは三養基郡みやき町の「綾部八幡神社」ですが、
日本書紀と肥前国風土記に対応する記事があり、
歴史の証人としても貴重な神社です。

当初は偶然に参拝し、調べて行くうちにその歴史を知ったのですが、
今、推古天皇や聖徳太子の時代の歴史として見直していくと
佐賀の重要性がまたまたクローズアップされます。

今回は、なかなか決定的なタイトルが浮かばず、
アバウトに「日本書紀に出てくる」を付けました。

佐賀で「推古天皇」の名や「来目皇子」(くめのみこ)の名が出てきても、
「それが知りたかった!」
となるかな、という懸念があったからです。

来目皇子のことも、聖徳太子の弟という説明がないと
伝わるインパクトがない。


でも、タイトルって大切。
内容はもちろん、結論まで含めるようなものでないといけない、
と思い、見直しました。

そこで、身近な地名「糸島」を入れて

「綾部八幡神社 ―糸島で亡くなった来目皇子と綾部一族と旗占いー」

と改定してみました。

あらためて日本書紀を読むと、
ウィキペディアでは分からない戦いの姿が見えてきます。

推古天皇の時代に新羅が任那を攻めたために出兵したのですが、
新羅は倭国が来ると、「もう戦わない」と約束します。
が、舌の根も乾かぬ内に再び侵略をするのです。

そのほか、新羅のスパイが対馬に侵入したので逮捕したりと、
知らないことが次々に。

そんな中、推古天皇が来目皇子を征新羅大将軍として派遣するも、
嶋郡で病死してしまいます。
これはブログで何度か紹介しましたね。

怡土郡と嶋郡が一緒になって「糸島」となります。

新羅との戦いは数百年にわたる歴史があり、
仲哀天皇、来目皇子、斉明天皇、と、戦いが起きるたびに、
開戦する直前に統率者が亡くなるという悲劇が繰り返し起きているんですね。
その舞台はすべて福岡。


祭神が分かるようになると、氏族が分かります。

来目皇子を祀る糸島の久米神社にはワダツミ三神、
斉明天皇が朝倉で最初に祈願したのは
朝倉の宮地嶽神社の神功皇后と勝村、勝頼神。

こうなると、安曇族の海兵が主戦力だったがよく分かりますね。

タイトルはまだまだ進化中。
当日(7月14日)の直前まで、考えたいと思います。


20180628





歴史カフェ福津
7月8日(日)第19回 2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 糸島で亡くなった来目皇子と綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140(火曜~金曜)
7月12日(木)9:00 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ
8月2日(木)8:30  安心院 
神武天皇と水沼族の足跡と謎の巨石群を訪ねて







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by lunabura | 2018-06-28 22:35 | 歴史カフェ | Comments(5)

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