ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

安心院9 妻垣神社 本来の玉依姫祭祀に戻った



安心院9 妻垣神社 

本来の玉依姫祭祀に戻った

あじむ つまがき




c0222861_2184461.jpg

別名、足一騰宮(あしひとつあがりのみや)。


社家の方に話を伺う事が出来た。



c0222861_21104021.jpg


比咩大神を祀り、宇佐八宮の一つとして三女神を祀っていたが、
神殿の奥から古文書が出てきて、
本来の比咩大神とは玉依姫だったことが判明した。

よって、祭神は
一之殿 比咩大神…玉依姫命
二之殿 八幡大神…応神天皇
三之殿 神功皇后
となっている。




c0222861_2111122.jpg


神武天皇がこの地に来て母の玉依姫の御霊を共鑰山(妻垣山)の大石に祀り、その石を「足一騰宮」と名付けたという。



この石を馬蹄石とも言うそうである。




c0222861_21153385.jpg

これは上の方で崩落しそうだったので、現在地に遷したという。

馬蹄石は川、境内、元宮の三ヶ所にあり、
玉依姫の神霊が足一つずつで駆け上られたことから「足一騰」の名がついたという。

のちに、八幡信仰が入って来て、比咩大神を三女神とし、
町史などにも、そのように書いているが、
どうも話が合わず、近年出て来た古文書で真実が分かり、
今では玉依姫を祀るという。


当時、ここには宇佐津比売がいて、宇佐津彦は宇佐八幡宮の方だったという。
宇佐津比咩は水沼の一族だ。


やはり、馬蹄石は安曇の印なのだろうか。
高良山で大菩薩(磯良)が高木の神に印として馬蹄石を見せると、高木の神は簡単に納得して宿を貸した話が思い起こされる。








20180813


以上、安心院の旅でした。







c0222861_15184581.gif

[PR]
by lunabura | 2018-08-13 21:16 | バスハイク | Comments(0)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー